朝起きたら久し振りに晴れていた。
   そりゃあもう、気持ちいいくらいに。



   「蓉子さん」
   「紅薔薇さま」
   「水野さん」

   あちこちで彼女を呼ぶ声が聞こえる。
   だって彼女は皆から一目も二目も置かれているロサ・キネンシス。
   一見才女、その実努力を惜しまない頑張り屋。

   彼女は自分を呼ぶ全てに応えながら歩いている。

   ―――私が後ろから声をかけたことには気付かないで。

   生徒会室=薔薇の館に私が着いた頃には既に蓉子も来ていて、私が来たことを目で確認する
   とすぐに会議を始め出した。

   ・・・挨拶くらいして欲しかったな・・・。

   私の気持ちにお構いなしで会議は進む。
   特に気になる点がない以上は発言をせず、進行役の蓉子に任せてぼんやりとその様子を視界
   に入れる。

   特に意識してないのに、自然と蓉子の方に目が行ってしまう。
   時折シャーペンを回す仕草だとか、乾いた唇をお茶で湿らせる行為を見る度に、胸の奥辺り
   がムカムカする。

   何でこんなにムカムカするのか分からない。
   とりあえず蓉子の手元から視線を外し、少し上の顔を見つめてみることにする。
   ひょっとしたら目が合うかなと思っていたのに、真面目な彼女は常に手元の資料に目を落と
   し、一度も私と視線を合わすことはなかった。

   そのことがムカムカする気持ちを助長した。

   私が一人で勝手に腹を立てていたことなど知る由もなく会議は一区切りし、今日は令や
   祥子が用事でこれから抜けるため、キリもいいのでお開きということになった。


   「蓉子、まだ帰らないの?」

   何だかゆっくりと帰り支度をし、結局最後になってしまった蓉子に問い掛けると、彼女は鞄に
   仕舞いかけた筆記用具をテーブルに戻した。

   「聖はどうするの?」
   「・・・待つよ」

   蓉子の向かいを選んで椅子に座ってはみたものの、私は特にやることがない。
   大体、明日でも十分間に合う仕事をわざわざ居残りしてまでやらなくても、と思う。
   それも、一年生に気を使ってわざと帰る仕草までして。

   「ねー」
   「何?」
   「蓉子ってさー、くそ真面目だね」
   「・・・言葉が汚いわよ」

   言われた言葉そのものに対しては言い返すことが出来なかったようで、蓉子は別件で私を
   ぴしゃりと叱った。
   それからは、いくら私が話を振っても蓉子はまともに取り扱ってはくれない。

   手を伸ばせばいつでも触れる距離にいるのに、この疎外感は何だろう。
   蓉子が仕事に没頭するのはよくあることだが、ここまで放ったらかされたことなんてない。
   むー、と眉間に皺まで寄せてその原因を探っていると、やっぱり蓉子の手元に
   目が行ってしまう。

   左手でゆっくりカップを持ち上げて、乾いた唇をそれにつけたら僅かに傾ける。
   カップが離れると潤いの戻った蓉子の唇が蛍光灯の明かりを受けて艶やかに光った。

   今日はまだ一度も蓉子の唇はおろか、肩にさえ触れていない私は気がつけば食い入る様に
   唇を見つめていた。
   いつもより多くお茶を口にする蓉子がまたカップに指をかけた時、とうとう我慢できなくて
   私は腕を伸ばした。
   蓉子のカップを奪って口をつける。

   「ちょっと、せ。んんっ!?」
   「・・・そんなに今日は喉が乾く?」

   唇を離した時にほんの少し洩れたお茶を指先で拭いながら蓉子に問いかけた。
   肝心の蓉子は目を見開いて私を見つめていたが、更に目を大きくさせて「あ」と言った。

   「―――ひょっとして妬いてたの?」

   ・・・―――私が、何に妬いていたと言うのだろう。
   蓉子の言葉の意味が分からず自分の行動やさっきの疎外感を思い返してみると。

   「・・・・・妬いてた」

   あろうことか、カップに妬いていたことに気がついた。

   「・・・・・」
   「・・・・・」
   「・・・今朝は天気が良かったんだよ」
   「そう」
   「・・・で、何かいいことあるかもなーと思った・・・んですけど」
   「うん」
   「・・・・・ごめんなさい・・・」

   必死で何とか言い訳しようとしても、そう都合良く上手いことが言えるわけもなく。
   素直に頭を下げた。

   でも。

   「え?どうして謝るの?」

   とても不思議そうに蓉子は言った。

   「怒ってたんじゃないの?」
   「どうしてよ。怒る理由がないのに」

   もう訳が分からない。あれが怒ってたんじゃないなら一体何だって言うのだ。

   「素直に構って欲しいって言うかと思ったのに」

   残念そうに笑ったその表情があまりに可愛すぎたので、さっきの疎外感なんて飛んでいったけ
   ど、それでもまだまだ私の蓉子不足は満たされない。


   「今日はもう仕事終わろう?」

   後ろから抱き付いて蓉子の頭にあごを乗せる。

   「・・・仕方ないわね。それじゃ、帰る?」
   「んーん。ここにいる」
   「仕事もしないのにここにいて何するのよ」
   「うーん、内緒。ってか、すぐ分かるよ」
   「え?ちょっと、聖?」 
   「蓉子不足で死んじゃいそう」

   あごを頭から肩に場所を移して告げ、ちょっと身構えた蓉子にゆっくりキスした。

   拒まれなかった私は蓉子不足を補うために、彼女の制服のタイに指をかけた。





あとがき

SEO [PR]  紅葉めぐり 転職支援 わけあり商品 無料レンタルサーバー ブログ SEO