白い喉がこくり、と動く様子を何気なく見ていた。


 夏が近づいているからか、このところ気温は上り調子の日が続く。
 夏の直前にある、よく、日本にしかないと耳にする梅雨の時季。
 気温が高いので余計にむっとする。
 そんな雨続きの日の合間を縫うようにしてある、僅かに晴れた日の午後。

 じっとりとした空気が肌に纏わり付くのを嫌うように、聖は腕を拭った。
 パックのお茶を手に取ると、その表面は既にぬるくなっていた。
 苦い表情で一口飲んで、すぐに横に戻す。
 そんな一連の動作を隣で見ていた人物がくすくすと忍び笑いを漏らした。

 「だから温かいお茶にすれば良かったのに」

 聖は首を僅かに動かしてその人物を見遣った。
 彼女の手の中には湯気を立てる缶入りのお茶がある。

 「よくそんな熱いお茶が飲めるわね、栞」

 栞がお茶を飲む姿は見ているだけでこっちが暑くなるようだ。

 「暑い時は熱いものがいいって言うじゃない」

 そう言うと美味しそうにまた口に含む。
 聖は黙ってその様子を眺めた。

 昼休みのざわついた空気と完全に切り離された古い温室で、二人は並んで腰掛けていた。
 風通しははっきり言ってよろしくない。が、誰が手入れしているのか分からないけれど、元気に育っている植物たちのおかげでそれなりに快適な空間が作られている。

 もう少し花の数が多ければむせかえるところだな。

 どこか醒めた表情で目の前の薔薇を眺めている聖に、栞が独り言のように言った。

 「蕾も、早く咲くといいのにね」

 たった今自分が考えていた事と正反対の事を言われ、聖の口から言葉が滑る。

 「そう? 私は薔薇の匂いに溺れるなんて、ぞっとしない」

 湿気を吸って鬱陶しく感じる髪を首筋の辺りからかきげる。
 栞は聖の皮肉掛かった口調を気にする様子もなく微笑んでいた。

 「十把一からげで誉められるより、一つ一つを愛でた方が花も嬉しいと思ったんだけど」

 沈黙に耐えかねて聖が口を開いた。
 非難されたわけではないが、足りなかった言葉を補足するようにゆっくりと言った。
 栞が顔を上げて聖の方を向く。
 まず驚き、眉根を僅かに寄せ、そして笑った。

 「私、聖のそういう所、好きよ」

 複雑な表情の移り変わりを経て言われたその言葉だが、聖の胸に甘く染みた。
 わざとひねくれた事を言ってやろうとして聖が唇を持ち上げた時、栞の周りの微妙な変化に気づいた。
 さっきまで湯気を立てていた缶から湯気が消えている。
 栞はお茶をまた一口含んだところで聖の視線に気づいた。

 「ぬるくなっちゃった」

 パックのお茶を指す。

 「聖のと同じ」

 聖は目で栞に答えた。
 栞がくるりと手首を返して時間を見る。
 そろそろ予鈴が鳴るわ、と言って立ち上がろうとするのを聖が押し留める。

 「何?」

 「お茶が冷たくなるまでここに居たい」

 上から握られた手を反対の手でそっと押さえると、栞は柔らかな視線を聖に向けた。

 「・・・・・だめよ」

 両手で聖の手を取ると引っ張って立ち上がらせようとした。
 抵抗しても良かったのだが、聖はすんなりとそれに従って立ち上がる。
 立ち上がる勢いで栞に顔を寄せる。

 「・・・じゃあ、予鈴が鳴るまで」
 栞の耳元で低く囁くと、栞の方から軽く唇を合わせてきた。
 聖も栞に口付けを返す。

 二分か三分という短い時間の中で聖は夢を見た。
 この世界に栞しか居ないような錯覚を覚える夢だった。

 厚い雲の切れ目から光が差している。
 その光がやけに眩しく感じる。
 そんな、午後の話。



あとがき

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