car and you

 「どうしてこんなことに・・・・・」
 ハンドルを握る祥子さまはつぶやいた。
 「え?何ですか、祥子お姉さま?」
 「何でもないわ・・・」
 そのつぶやきを瞳子ちゃんが聞き返したが、祥子さまは力なく返事をした。

 祥子さまが運転する車には合計四人が乗っている。運転席に祥子さま、助手席に瞳子ちゃん、祥子さまの後ろに祐巳ちゃん、そしてその隣は聖さまだ。
 夏休みに入る直前に無事免許を取得した祥子さまは、以前からの約束通り祐巳ちゃんを乗せてドライブに行こうと計画した。
 初めは二人きりの予定だったのだが、どこから情報を仕入れたのか瞳子ちゃんにばれてしまい、「行きたい」と駄々をこねられた祥子さまが押しきられた。
 祐巳ちゃんにどう謝ろうかと考えながら待ち合わせ場所に着いた祥子さまは驚いた。
 祐巳ちゃんの隣に、満面笑顔の聖さまが立っていた―――――

 「しっかし、祥子、アルファロメオとは渋いのに乗ってるねえ」
 乗り込んだ聖さまが「ほー」と感嘆の声を上げた。
 「アルファロメオ?」
 何ですか、それ?という顔をした祐巳ちゃんが聞き返す。
 「この車の車種。高級車だから汚しちゃダメだよ」
 「えっ?!は、はいっ!」
 聖さまの言葉に祐巳ちゃんは背筋を伸ばして座り直した。
 「大丈夫よ、祐巳。もっと楽にしてて」
 信号停車で祥子さまが祐巳ちゃんを振り返って、言う。
 「あ、青になりますよ、祥子お姉さま」
 と、「あれ、祥子、オートマ限定?」
 祥子さまの運転する車はレッドのアルファロメオ156V6Qシステム。の、オートマチック車だ。
 「いえ、違いますけど、今日出せる車がこれしか空いてなくて」
 「なるほど」

 走っている間、祐巳ちゃんはあることに気付いた。
 「何か・・・車間距離随分取られてますね」
 そう、祥子さま達の後方は常に十メートルは開いていた。
 「そりゃー、初心者でこんな車に乗ってればねえ。みんな警戒するでしょ」
 「そんなもんですか」
 「ところで祐巳ちゃん。その席って事故った時に死亡率高いって知ってた?」
 「えっ?!」
 「ちなみに私は一番安全な所だけど」
 「あ、ずるい」
 聖さまと祐巳ちゃんの弾んだ会話を聞きながら、祥子さまは奥歯を噛み締めた。
 本来なら祐巳ちゃんとああして楽しそうに会話をしているのは祥子さまだったろうに。悔しいかな祥子さまは運転に精一杯で会話に入ることが出来ない。おまけに、隣に座る瞳子ちゃんがちょくちょく話し掛けてくるものだから、祥子さまは祐巳ちゃんに構うことができなかった。
 一方、祐巳ちゃんは祐巳ちゃんで前に座る二人が気になっていた。
 瞳子ちゃんが左方を確認したり、気軽に祥子さまに話し掛けたりするのを見る度に目で抗議した。
 祥子さまの隣には私が座るつもりだったのに―――なんてことを思っていても、二人に届くわけもなく。
 仲のいい二人を見るのも癪なので、祐巳ちゃんは聖さまとのおしゃべりに打ち興じたのだった。


 「じゃ、祥子と祐巳ちゃんはここで待ってていいよ」
 聖さまの強い希望で高速道路を走らされた祥子さまはぐったりとしていた。
 「ありがとうございます・・・」
 そう言うと手近な椅子に腰掛けて息を吐いた。
 「あの、聖さま、私も手伝います」
 「いいから。祐巳ちゃんは祥子についてて」
 「祥子お姉さまなら瞳子がついてます」
 祥子さまの側に付いていた瞳子ちゃんが聖さまに申し出た。が、聖さまは笑顔できっぱりと言った。
 「君がいると祥子が休めないでしょ。大人しくこっち手伝ってね」
 そう言って瞳子ちゃんの手を引っ張って行ってしまった。途中、顔だけ振り返って祐巳ちゃんにウインクを寄越したので、聖さまの意図は祐巳ちゃんに伝わった。
 聖さまと手を引っ張られながら「どういう意味ですか」なんて抗議している瞳子ちゃんを見送った祐巳ちゃんは席についた。
 「お姉さま、大丈夫ですか?」
 「・・・ん、何とか。すこし休めば大丈夫」
 祐巳ちゃんは他に声をかけて良いものか分からず、何となく黙ったままでいたが、沈黙に耐えかねて口を開こうとした。その時。
 「祐巳」
 「はいっ?!」
 「ごめんなさい」
 「へ?」
 一瞬何のことか分からずに奇妙な声が出た。
 「瞳子ちゃんのことよ」
 祥子さまが苦笑いしながら付け足した。
 「結局また私は祐巳との約束を破ってしまったわね」
 「そんなことないです!ちゃんとドライブに誘って下さったじゃありませんか」
 祐巳ちゃんは思わず大きな声を出した。祥子さまの表情が、寂しそうに見えたから。
 「でも、二人きりの方が良かったでしょう?」
 訊かれた祐巳ちゃんは困った。瞳子ちゃんの従姉妹である祥子さまには「はい」なんて言いづらい。
 「いいです。私も聖さまを連れてきたので、おあいこです」
 にっこりと祐巳ちゃんは笑った。
 「おあいこ?」
 「はい」
 「・・・・・そうね」
 祥子さまが表情を緩めた。

 祥子さまと祐巳ちゃんを残してきた二人はドリンクコーナーの前に来た。
 「おねーさん、コーヒーと桃ジュース下さい」
 売店の店員さんに愛想を振り撒く聖さまを瞳子ちゃんは半ば呆れたように見ていた。
 「聖さま・・・」
 「瞳子ちゃんと祥子は何がいいのかな。紅茶でいい?」
 「構いませんけど・・・」
 「じゃ、紅茶二つ追加で」
 会計を終えた聖さまに瞳子ちゃんが問い掛ける。
 「どうして祐巳さまを残してきたんですか?」
 「ん、祥子の付き添い。あと、私が祐巳ちゃん一人占めしてたから、祥子のご機嫌取り、かな?」
 冗談めかして聖さまが言う。程なくして飲み物が来た。
 「半分持ってね」
 ゆっくりとテーブルへ戻りながら更に瞳子ちゃんは質問した。
 「聖さまって敵に塩を送るんですか?」
 「敵?」
 「祥子お姉さまのことです。・・・聖さま、祐巳さまのこと好きなんでしょう?」
 瞳子ちゃんの言葉に聖さまは面食らった。まさか、そう来るとは。
 「うん、好きだよ。でも、祥子も好きだよ」
 「・・・・・・」
 何となく、瞳子ちゃんは口を閉じてしまった。だんだんテーブルが近づいてきた。
 「好きになって欲しいっていうのは、自分の都合だと思わない?」
 そう軽く微笑んだ聖さまに向かって瞳子ちゃんは「あのっ」と声を掛けた。
 「何?」
 「瞳子のことは?」
 「?」
 「祥子お姉さまも祐巳さまも好きで、それなら瞳子のことはどうなんですか?」
 一瞬だけ瞳子ちゃんを見つめた聖さまはゆっくりと言った。
 「・・・そうだね、嫌いじゃないよ」
 くすくすと笑い声をつけて。

 聖さま達が戻ってきた時、祥子さま達は何やら言い争っていた。
 「何々、ケンカ?」
 面白がって聖さまが割って入る。
 「違うんです。祥子さまが、どうして聖さままでって言うから、理由を説明しようとしてたんです」
 「なーに、祥子は私が邪魔だって言いたいわけ?」
 「邪魔だなんて、そんな」
 「そうだよねえ。まさか、そんな、ねえ」
 笑顔でやり取りされているのに、空気はどこか冷たかった。いつも強気な祥子さまが、少し小さくなったようだった。


 一時間ほど休憩を取ってから四人は出発した。
 帰りのハンドルを握るのは聖さまだ。祥子さまは極度の緊張と疲労から眠たくなったらしく、聖さまに替わってもらった。
 「聖さまって運転上手いんですか?」
 「さあー?一応安全運転してるつもり」
 「一応って・・・」
 チラリ、と後ろの座席に目をやった聖さまは口の端を持ち上げた。
 後部座席に、祥子さまと祐巳ちゃんが肩を寄せ合って眠る姿があった。


あとがき


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