白の十字架・紅の秘め事


 今思えば、初めて聖と話した時から私は聖という人間に惹かれていたのかもしれない。あの頃はまだ幼くて、聖に抱いた感情が一体どのようなものかまでは分からなかった。ただ、誰よりも聖のことを分かっている人間は私だけだとそう思っていた。彼女・・・久保栞が現れるまでは。彼女はまるで当然の様に聖の心の中に入り込み、聖の弱くて脆い精神を解き放ち、あらゆるものから守っていた。

 「・・・栞は私の十字架だから。」
 聖の言葉にはそれ以上でもそれ以下でもなく、ただ事実だけを心から切り取ったように私には聞こえた。静かに、激しすぎる炎を湛えるような瞳。聖は未だに、彼女に惹かれている。・・・無理もない、彼女は本当に聖の望んでいた人だから。でも、私は心のどこかでその瞳を私だけに向けてほしいと思っていた。彼女が現れた頃から自覚してしまった、聖への思い。気づかなければ、今より少しは心穏やかな日々を聖と過ごせただろうか。
 「そう・・・。」
 他にどう言えただろう。短く、それでいて彼女への思いの深さを表した言葉に対して、今でも聖に惹かれている私が。ただ、悟られないようにするだけだ。この気持ちはきっと聖を困らせるだけで、けして喜ばせたりするようなものじゃない。
 「栞、今どうしてるかな?」
 そう言ったきり、聖は窓の外に視線を向けた。その瞳の色は深く、静かで。私は青白い炎を思い浮かべた。これから先、どんな人間と出会っても。聖の十字架になれる人間は彼女以外にはいないだろう。そして、聖も彼女以外が十字架となることを望んではいない。
 「さあて、と。蓉子はまだ薔薇の館にいるの?今日は誰も来ないみたいだし、帰るわ。」
 「ちょっと、私と二人きりは嫌だってことかしら?」
 「いやいや、滅相もない。蓉子があんまりにも可愛いから、襲いたくなってきたしー。それは流石にまずいかなぁなんて、ね。・・・んじゃ、また明日。」
 聖はそれだけ言って出て行った。 一瞬だけ泣きそうな顔をして。
 「嘘つき。」
 彼女のことしか考えられないくせに、一年以上経った今も、聖の心の中は彼女で一杯だ。心を楽に出来る祐巳ちゃんという存在を得ても、なお聖は彼女を求めている。
 「・・・嘘つきは私もか。」
 聖への気持ちを隠し、ときに喧嘩もするけど傍で笑って。あの冬からいくつか季節は巡ってもなお、私は聖への気持ちを隠し続けてる。同じ世界に生きているはずなのに、聖と私との間には決定的な溝がある気がして仕方なかった。聖は私を強いという。でも、本当の私はこんなにも脆いのだ。そんなところはけして聖には見せはしないけど。今のところ、聖の親友の看板を下ろす気は私にはなかった。私が好きと言わなければ、それで充分穏やかに聖と過ごすことができる。それでいいのかとも思うけど、聖を失いたくはないのだ。でも、その反面もっと聖に近づきたいと望む私がいる。あの静かに激しく燃える、青い星のような瞳で私を見て欲しい。彼女には遠く及ばないかもしれないけど、私だって聖のことを思っている。このままを望むか、それ以上を望むのか。私の心は雪が降り出す前の空みたいな、はっきりしないくすんだグレーで。時が止まったようなこの部屋で、私だけが密やかに息づいていた。

 「・・・嘘つきですか。」
 私はその言葉を噛み締めるように呟いた。部屋を出てすぐに、忘れ物に気が付いた私がドアのノブに手を掛けたその時に聞こえた、蓉子の呟き。蓉子は本当に私のことはお見通しで、私以上に私のことを分かっているんじゃないかと思う。多分、私が栞を思い出してここに居辛くなったことや、無理に笑って帰ろうとしたことも。
 「何でそんなに私のことを知っているんだろうね、君は。」
 足音を立てないように、私は回れ右をした。忘れ物は別に今すぐ必要ってものでもない。それに、今蓉子の顔を見たら泣き出してしまいそうな気がした。一度ズタズタになった私の姿を知っている蓉子。全てを曝け出して泣いたあの時、蓉子はずっと傍に居てくれた。喧嘩だって数え切れないくらいしたけど、いつも蓉子が折れてくれて。こうして考えてみると、蓉子はかけがえのない存在なのだ。栞とはまた違うけど、大切な人。
 「会いたいね・・・。」
 前に祐巳ちゃんに聞かれたことへの本当の答えを呟く。会わない方がお互いの為だと分かっていてもなお、私の心は栞を求めていた。それを蓉子は知っているからこそ、私の心に踏み込まない。蓉子の思いを知らないわけじゃなかった。ただ、その思いには応えられないだけだ。
 「大切だから・・・だからこのままでいたいと願うのは罪かな、栞・・・。」
 かけがえのない親友だから。今の私があるのは色んな要素があるけど、蓉子という存在が一番大きくて。だからこそ、このバランスが崩れてしまうのは嫌だった。ずるいと言われたって構わない。蓉子の手を私は失いたくないのだ。卒業まであと少し、このままで居られたら。いや、お互いに他の誰かを見つめるその時まではこのままで居たい。穏やかに微笑む蓉子の傍に、大きな安らぎとほんの少しの居心地の悪さを感じながらでも。私は栞を思いながら、静かにこのままを祈った。

 外に出たら季節から少しだけ外れた雪が、私の弱さを隠すように空から降ってくる。蓉子は知っているだろうか。蓉子がグレーだからこそ、私の弱さを隠して綺麗でいさせてくれるのだと。
 「蓉子・・・ありがとう。」
 この呟きも、私の思いもきっと蓉子には届かない。

 「聖・・・好きよ。」
 窓辺にもたれながら、聖の後姿を私は見つめていた。聖に白薔薇さまの称号は相応しい。こんなにも白が似合う人は聖以外にはいない。雪の中に静かに佇む美しすぎるその姿に、胸が締め付けられて仕方なかった。ふと、聖が薔薇の館を振り返る。
 「蓉子ー、寂しいから一緒帰ろうよー。」
 「さっきと言ってること違うんじゃない、聖?」
 「えー、いいじゃん。今、私は蓉子と帰りたいって思ったんだから。」
 「はいはい、じゃちょっと待ってね。後片付けしてから行くし。」
 嬉しさと、ほんのすこしの切なさを抱きながら微笑んだ。こうして二人で帰れる機会は、これから先あと何度あるか分からない。
 「・・・今はまだこのままでいようかしらね。」
 その呟きをあと何度繰り返すことになるかなんて、どうでもよかった。聖の言うとおり今が私には大事だから。この思いが届かなくったって構わない。
 「蓉子、走れー。早くしないと凍えるよー。」
 聖の方へ駆け出しながら、私は「このまま」を願った。
                                                    終わり


後に書くと書いて後書き(まんま)

さてはて、如何でしたでしょうか?初のシリアス、しかも蓉子→聖です。
何で矢印かといいますと、この二人はカップリングとして書けないから。(爆)
書くにあたって読み返してみたけど、やっぱりこの二人は×になってくれない、
というより私が×で見れないんですね。聖と蓉子って、友達というある程度引いた
仲でならまだしも、恋人同士だと思いっきり相性悪そうって思うのは私の気のせい
でしょうか?(笑)とりあえず、すれ違いながらもお互いが望むのは現状維持っていう
のが伝わったなら書いた人間としては嬉しいです。感想もですが、ネタも募集してますのでお気軽にメールしてやってくださいねー。対応できる限り対応いたします。・・・問題は書いたものを載せていただけるとこがあるかどうか、ですが。(自分でホームページ作れば良いんですけどね、後2ヶ月以上は無理っす。)それでは、またどこかで。   焔

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