サマータイム・キス


 「暑い・・・。」
 祐巳は思わずそう呟いた。今日の関東地方は天気に恵まれ、まさに夏日といった感じの気温だったりする。春生まれだからなのかは知らないけど、祐巳は暑いのは苦手だ。
 「食堂にでも行って、何か冷たいもの買ってこようかな。」
 祐巳は薔薇の館に向かっていたのを、食堂の方に切り替える。今日は別に会議もお茶会の予定もあるわけじゃないけど、祐巳は薔薇の館が好きだった。祥子さまと姉妹になるきっかけがあった場所。もちろん、山百合会のみんなと出会い過ごしてきた場所でもある。そのせいか、用がなくても祐巳は薔薇の館に顔を出すことが多い。
 「食堂って、アイスクリームも売ってるんだー。」
 普段からお弁当しか食べない祐巳にとって、これは意外な発見だった。ジュースとかなら分かるけど、完璧にお菓子であるアイスクリームが置いてあるのはどういうことなんだろうか。会社の社員食堂だと置いてあるらしいけど、学校で置いてあるのは珍しいんじゃなかろうか。
 「うちは大学もあるからねー、高校生まではともかく大学生は大人の仲間入りに近いからそのくらいは置いててもいいんじゃないかっていう理事長さんの計らいらしいよ。もちろん、高校生でも買っても良いけどね。」
 祐巳の呟きを聞いていた食堂のおばちゃんは、親切にアイスクリームが何故売られているかの答えを教えてくれた。
 「うー、どれにしようかなぁ?」
 祐巳の目の前には様々な種類のアイスクリームが並んでいた。普通の百円アイスからハーゲンダッツまで、20種類くらいはありそうだ。リリアンだからなのか、ハーゲンダッツが一番品揃えが多い。お嬢様学校だから、そのくらいは当たり前なのかもしれない。祐巳もハーゲンダッツのアイスクリームは大好きで、特にバニラがお気に入りだったりする。
 「すいません、これ下さい。」
 「はいよ、250円ね。ありがとう。」
 祐巳が悩んだ末に買ったのはやっぱりバニラだった。市販品では一番高級な(だと思う)ハーゲンダッツにハズレはないけど、バニラのあの安定感のある感じが好きだと思う。他の味だと配分とかで随分味に差が出るけど、バニラは余程作り方が変でもない限りそこまで不味くはない。だからこそ、バニラはアイスクリームの定番であり王様なんだと祐巳は思った。それに、あの優しい甘さ。考えただけで顔がほころんでくる。
 「ふふーん。バニラ、バニラ。」
 祐巳はご機嫌だった。思わず作詞作曲福沢祐巳「バニラ賛歌」なんて勝手に作って唄ってしまう。そうこうしてるうちに見慣れた建物が見えてきた。ドアを開けてさっさと入る。
 薔薇の館は思ったよりも涼しかった。
 「アイスティーも準備しよーっと。」
 案の定、祐巳以外のメンバーは誰も来ていなかった。ちょっぴり寂しさを感じつつも、祐巳はいつもよりも手際よくお茶の準備をする。早くしないと愛しのアイスクリームが溶けてしまう。程なくアイスティーも出来上がり、祐巳は窓際の席に着いてさっそくアイスクリームの蓋を開けた。
 「やっほー、みんな元気ーって祐巳ちゃんしかいないのか。」
 元気よく部屋のドアを開けたのは前白薔薇さまこと佐藤聖さまだった。聖さまはどうやら薔薇の館に遊びに来たらしい。祐巳がアイスクリームの蓋を開けていたことに気が付くと、ささっと聖様は祐巳の傍に来た。
 「祐巳ちゃーん、アイスクリーム食べるのー。いーなぁー、一口食べたいなぁー。」
 「えー、聖さまの一口って結構大きいからなぁー。」
 そう言いながら祐巳は一口目を口に入れる。ふわっと広がる優しい甘さに、祐巳の顔はほころんだ。その笑顔を見た聖さまは、祐巳の頬にそっと手を伸ばす。
 「一口あげるのが嫌なら、こっちでもいいけど。」
 「えっ?」
 聖さまのシリアス顔が祐巳へと近づく。綺麗な顔だなぁと見とれてる場合じゃないんだけど、つい見てしまう。
 (まずいっ!)
 聖さまの唇は少しだけ開いているのを見た祐巳は、反射的に一口アイスをすくって聖さまの口へと入れる。聖様はハムハムと口を動かしアイスを味わっているようだ。
 「・・・けちだね。」
 「一口あげたんだからいいじゃないですか。」
 まったく、聖さまは油断も隙もない。祥子さまとキスなら喜んでだけど、聖さまは「親父使用のセクハラロマンティストな先輩」で「恋愛として好きな人」じゃないし。
 「・・・そういうことじゃないんだけどね。まあ、間接キスで今日のところは手を打ちますか。」
 「これから先もそうしていただけると助かります。」
 間接キスくらいはいいけど、さすがに直キスは嫌だ。操を立てるっていうほどのことじゃないけど、好きな人以外とキスするのは何か嫌で。潔癖症っていうのかな、この場合は。
 「あんまり可愛くないこと言ってると、襲っちゃうぞー。」
 「ちょっ、聖さま!?」
 聖さまは片手で祐巳の肩を抱き寄せ、もう片方の手で祐巳のタイを解いていた。だけど、そこまでだった。
 「聖さま・・・お戯れが過ぎましてよ。」
 凛とした声が部屋中に響く。祐巳の胸をときめかせる祥子さまの声だ。一時期は声を聞くのが辛かったけど、今は前以上に祐巳の胸をときめかせる声。
 「お邪魔虫はいいタイミングで登場するもんだね、本当。」
 「私には合意には思えませんけど?」
 祥子さまの美しい顔が、険しくなる。普通の人なら逃げ出したくなる程のプレッシャーを放っているというのに、そこは白薔薇さま。首をすくめただけだった。
 「おー、怖い。祥子に殺される前に退散しますか。んじゃ、祐巳ちゃんまたねー。」
 そう言って聖さまはさっさと出て行ってしまった。後に残された祐巳は居心地の悪い空気を感じて、どうしようと百面相してしまう。祥子さまは祐巳に近づくとさっとタイを結び直した。どこか怒っているようなそんな表情。
 「祐巳、聖さまに何もされなかった?」
 「・・・キスされそうになったり、タイを解かれはしましたけどそれ以上のことは何もないです。あ、でも間接キスはしましたけど・・・不本意ながら。」
 祥子さまの問いかけに、祐巳は正直に答えた。その言葉に祥子さまの眉が少しだけ釣りあがって見えたのは祐巳の気のせいだろうか。とりあえず立ってるのもなんなんで、祐巳は座ることにした。
 「あら、アイスクリームを食べていたの?」
 「はい。今日は暑かったんで食堂で冷たいものでも買ってからここにこようって思って。そしたらアイスクリームが売っていたんで買ったんです。そしていざ食べようって思ったら聖さまがいらっしゃって、一口ちょうだいって。んでどうしようか迷っていたら、頬に手を添えられてキスされそうになって、とっさにアイスをすくって口の中に押し込んで危機を回避したんですよ。って、あー溶け出してるー。」
 祐巳は慌ててアイスをすくって口に入れた。溶けかかったアイスはまた違った甘さがあって祐巳は思わずにっこりと微笑む。大好きな甘いバニラが、口の中でゆっくりと溶けていく感覚はバニラアイス好きならよく分かるだろう。
 「・・・これじゃあ、聖さまがキスしたくなるのも無理ないわね。」
 「へ?」
 祥子さまの言葉の意味を反芻するより先に、祥子さまは祐巳の唇の端をペロリと舐めた。
 「あうぅ・・・。」
 恥ずかしくて顔が赤くなってくるのが自分でも分かる。心臓もさっきから狂ったように早く動いてるし、脈拍なんて測ったらとんでもない数字がでそうだ。
 「甘いわね。」
 そう言って祥子さまは少し照れたように笑った。祐巳も顔を赤くしながらも微笑み返し、残りのアイスをパクパクと食べる。少しの間だけ沈黙が続いた。祥子さまは自然と祐巳の隣に腰かけ、祐巳が顔をほころばせながらアイスを食べる様を見つめている。
 「・・・おいしそうね。」
 「はい、お姉さまも一口どうですか?」
 祐巳はにっこり笑ってアイスをすくう。そして祥子さまの口元に運んだ。だけど、祥子さまは鮮やかに微笑んで、祐巳がせっかくすくったアイスを祐巳の口にと入れる。
 「どうせ食べるなら、おいしく食べれる方が祐巳もいいわよね。」
 「お姉さまっ・・・。」
 肩を優しく抱き寄せられて、頬に手を添えられる。その仕草で、ちょっと鈍い祐巳でも祥子さまが何をしようとしているのかが分かって目を閉じた。祥子さまの柔らかい唇が祐巳の唇を覆い隠すように触れる。唇を啄ばむとか、舐めるとかの前振り抜きで祥子さまの舌が祐巳の口内に滑り込んだ。歯列を舌先でなぞられ、たっぷりと奥まで絡みつかせるように蠢く舌に祐巳も一生懸命に応える。ただのハーゲンダッツのバニラが、まるで極上の手作りアイスのように感じるくらいだった。甘くて溶かされてしまうキス。熱くて激しくてだけどもどんなアイスよりも甘かった。
 「ごちそうさま、祐巳。」
 「・・・私こそ、ごちそうさまでした。」
 長い口付けが終わって、祐巳はクタッと祥子さまの胸にもたれかかった。思考能力はまだ回復しそうにない。祥子さまの少し乱れた鼓動を聞きながら、祐巳はこんなキスが出来るなら夏も好きになれそうだとぼんやりと思った。
 長くて辛い梅雨はもう明け、もうすぐ暑い夏がやってくる。
                                                    終わり


後に記すと書いて後記やね。(って、似たようなネタだし。)

如何でしたか、このお話は。祥子×祐巳は書きやすくていい。それに、私が祥子×祐巳
いっちゃんラブってのも大きい理由ですが。何か私が書くと祥子さまは変な人になるっていうか、バカップル全開というか。(笑)仕事中にふと思い出して、「何てものを書いて、しかも人に差し入れなんていって送りつけたんじゃあぁ!!」と心の中で叫んでしまいました。一応この話はレイニーブルー→新刊→サマータイム・キスっていう感じで捕らえてくださいませ。新刊できっと今まで以上にラブラブ(今までそんなにラブラブだったかってのは気にしないで。)になってくれるでしょう、ならこんくらいやってもオッケーじゃろ、なんてノリで書いたっす。んで、聖様は祥子×祐巳の必須アイテムですね。(笑)そのうちきっと、祥子さまはヤキモチの対象が聖様→祐巳の妹になっても、聖×祐巳とか書くぞと。聖様ラブですから。(笑)それでは、感想なりネタ提供なりとはメールでも書いてどしどし応募ください。貴方の妄想形にしますよ。(笑)            焔

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