たとえばそこに君がいるということ


 「やっほー、祐巳ちゃん。」
 私はそう言ってにっこりと微笑んだ。ファンが泣いて喜ぶ「白薔薇さま悩殺スマイル」なんだけど、祥子さま病にかかってる祐巳ちゃんには効き目が殆どないんだよね。少しでいいから、祥子に見せる時みたいな顔してほしいんだけど。
 「あ、白薔薇さま。どうしてここに?」
 「どうってことないんだけどね、何か薔薇の館に来たい気分だったのよ。」
 本当は祐巳ちゃんに会えるかもって期待して来たんだけど、そう言ったところで私の期待している反応を祐巳ちゃんは返さないって分かってるから。だから本音は言わない。
 「あ、そうなんですか。私もそういう気分だったんで、今日会議とかないって知っててもつい来ちゃったんですよね。ここに来たら会えるかなって思って。」
 祐巳ちゃんは誰にとは言わなかった。それでもちゃんと私には通じると分かってるのか、天然か。どっちだっていいけどね、祥子のことなんて祐巳ちゃんの口からは聞きたくないし。まったく、勝ち目のない恋をしてしまったと思わずにはいられない。栞のときとは違う穏やかな気持ちで、志摩子に対する気持ちとはまた別の想い。恋なのかと言われたら、どうなんだろうっていう曖昧な部分もあるけど、祐巳ちゃんといるとホッとして。祥子の名前がでるとちょっとイライラして、愛らしい笑顔を見せられると胸の奥が温かくなる。
 「うーん、残念だったね。祥子ってば忙しいから特に何もない時はここに来ることなんて殆どないよ。その代わり、私がお相手してあげよう。」
 「ちょっと、白薔薇さま!?何しようとしてるんですか!」
 「何って、お嬢さん見て分からない?そのままでも可愛い祐巳ちゃんをさらに可愛くしてあげようっていうお姉さんの親切心、祐巳ちゃんには分からないかなぁ。」
 「分かりたくないです!」
 あちゃー、やり過ぎたかな。ってもまだ抱き寄せてタイに手を掛けただけなんだけどね。祐巳ちゃんには少々刺激の強い冗談だったみたいだね。ああ、むくれちゃって。そんなとこも可愛いんだけど、このまま怒らせておくのもまずいし。
 「あー、ごめんごめん。ついイタズラが過ぎたね。」
 「・・・いたずらって、誰にでもするんですか?」
 「祐巳ちゃん?」
 いつもの祐巳ちゃんらしくない反応に、私は思わず祐巳ちゃんの顔を見つめてしまう。刹那、祐巳ちゃんは破顔した。
 「してやったり、ですね。今回は。」
 (はめられた!)
 いつも一本取られてばかりなのが癪だったんだろう。今回ばかりは見事としかいいようのない一本だ。まったく、可愛くないことするなぁと思うけど。そんなことはその笑顔で帳消しになる。おそらく祥子はこんな風にいたずらっぽく微笑む祐巳ちゃんを知らないはずで、それが嬉しくて仕方ない。にっこり笑ってしまいそうなのを、苦笑に変化させる。
 「次回はないと思いなよ。」
 「・・・頑張ります。あ、お茶にします?それともコーヒー?」
 「それより祐巳ちゃんがいいなぁってのは駄目?」
 「駄目です。」
 祐巳ちゃんはにっこり笑って即答した。つれないのはいつものことだけど、何か上機嫌なのはきっと私から一本取ったからだろうな。そんなに嬉しいかな、私に勝つのって。
 「祐巳ちゃんは座ってなさい。今日は特別に私がカフェオレでもいれてあげるわ。」
 それだけ言って、私はカップを取りにいく。微笑んでしまいそうなのを見られたくなくて咄嗟に言ったことだけど、祐巳ちゃんは特に気にはしてないようで。いつもの席に座って百面相してる。私はささっと手際よくカフェオレを作ってたのだけど。
 「・・・祐巳ちゃん、どうかしたの?」
 祐巳ちゃんに後ろから抱きつかれて、正直困惑した。私が祐巳ちゃんに抱きつく理由はあっても、祐巳ちゃんが私に抱きつく理由はないはずなんだけど。うわ、心臓の音聞こえるかも。祐巳ちゃんってば背が私の顎の辺りまでしかないから、後ろから抱きつくと頭のおき場所によっては心臓がバクバクといってるのが聞こえてもおかしくない。
 「たまには逆の立場もいいでしょう?・・・いつもドキドキさせられてるんですから。」
 「えっ。」
 それはどういう意味なんだろう。カフェオレを淹れる手が止まる。おなかに回された手が少しだけ熱をもって感じるのは私の気のせいだろうか。だけど、それは杞憂だった。
 「ぐえっ。」
 「いつものお返しですよ、白薔薇さま。」
 祐巳ちゃんの意味深発言に気を取られていた私は、祐巳ちゃんの締め上げ攻撃に対応できず情けない声をあげてしまった。祐巳ちゃん、人が油断してるときにおなか締めるのは止めようね。マジでびっくりだし、何より苦しいしね。
 「祐巳ちゃーん?こんなことしたらどうなると思うー?」
 「う、考えてなかった。」
 背後から聞こえる声の調子で、本当に何も考えてなかったんだろうなってのが分かる。おなかに回した手はもう緩められてて、こうしてるとドキドキする反面、すごく落ち着く自分がいることに少し戸惑いつつも、それを嫌だとは思わなかった。これも自分なんだと不思議と思えるのは、多分相手が祐巳ちゃんだからだろう。一見普通なんだけど、人を和ませることのできるとっても可愛い女の子。君と出会えて本当によかったと思うよ。
 「白薔薇さま?」
 私は祐巳ちゃんの手を振り解いて、祐巳ちゃんの方に向き直った。そして素早く祐巳ちゃんの頬にキスをする。
 「祐巳ちゃんといると楽しいし、何か落ち着くからそのお礼だよ。ありがたく受け取っておきな。」
 祐巳ちゃんは何故か怯えた顔をしてる。何でだろ、まさか嫌だったとか。
 「白薔薇さま・・・後ろ。」
 その言葉に私は嫌な予感がしつつも、振り返った。
 「え・・・祥子いつからそこに?」
 「祐巳ちゃーんこんなことしたらどうなると思うーの辺りからですわ。白薔薇さまったら随分うちの祐巳と楽しそうにしてらしたから、足音に気づかなかったようですわね。」
 祥子の顔が怖い。鬼も裸足で逃げ出しそうなくらいだ。美人は怒った顔も綺麗だというけど、祥子に関してはそれはないと思う。っていうか、そんな冷静に顔を見る余裕を与えてはくれないほど、祥子が怒り狂ってるのは分かる。
 「祥子、落ち着いてね。これは只の戯れなんだからさ。」
 「ただの戯れで私の祐巳にそんなことをなさるのですね。」
 「本気ならいいの?」
 私は半ば本気で聞き返した。その問いかけに祥子は、蓉子直伝「絶対零度の微笑み」を浮かべる。祥子のバックで蓉子が微笑んでるように見えたのは気のせいだろうか。
 「いいわけないですわよ、白薔薇さま。」
 「白薔薇さま、逃げてください!お姉さまは本気ですー!!」
 その言葉に私は慌てて走り出す。振り返って祐巳ちゃんにウィンクした。
 (ありがとね、祐巳ちゃん。)
 祐巳ちゃんがにっこり笑ってる。ちゃんと通じたみたいだね、アイコンタクト。加速しながらつい笑ってしまう。祐巳ちゃんの隣には祥子がいて。それでも別に構わなかった。
 「・・・隣に誰がいたって、私は君のこと好きだからね。」
 その告白は、私の足音に阻まれて祐巳ちゃんに聞こえることはない。それでいいのだ、今は。可能性が0じゃない限り、私は諦めるつもりはない。祥子だっておそらく見たことのない笑顔を見せてくれて、冗談でも抱きついてくれたりする。まだまだ祐巳ちゃん争奪戦の勝敗は分からないよ、祥子。
 薔薇の館を出た私は二階の窓を見上げる。案の定祥子に祐巳ちゃんは怒られてるみたいだった。
 「祐巳ちゃーん、今度はお姉さんと二人でゆっくりお話しよーねー。」
 祐巳ちゃんに向かって私は声をかけた。その言葉に険しい顔をする祥子の横で、祐巳ちゃんが笑っている。それを承諾の意と勝手に受け止めることにして、私は校舎の方へと歩き出した。背を向けて歩きながら、後ろ手で手を振る。振り返らなくても、私は祐巳ちゃんが祥子に怒られながらでも手を振ってくれるということを知っていた。

 たとえばそこに君がいること。それはこんなにも胸が温かくなるということ。

                                                  終わり


 聖×祐巳?

 になってないっすね、ごめんなさい。いやね、聖×祐巳好きですよ。書けないけど。やはし祥子×祐巳が一番なせいなんでしょうか、聖さまは祥子×祐巳のスパイスとして出すのが一番書きやすいですね。私の書く祐巳ちゃんは無自覚に聖さまのことが好きっていう感じなので、聖さまに迫られても一番好きなのは祥子さまって思ってるから聖さまへの思いに気が付かないんですね。そばにいて頼れる優しくもセクハラ親父な聖さまにきっと祐巳ちゃんメロメロなのに。(笑)でも、少しは聖×祐巳テイストになるように頑張ったんですよ。聖さまに抱きつく祐巳ちゃんとか、意味深発言祐巳ちゃんとかね。聖さまに関しては特に手を加えなくても、私の書く聖さまは祐巳ちゃんにメロメロですから。(笑)
 今度はどんなネタで書こうかなぁ?というより、早く自分でページを持ちたいなぁ。モゲラさんの厚意で載せていただいてるけど、それもいつまでもやるわけにいかないし。
 まあ、その辺はおいおい考えるとして。感想等を気軽にメールしてやってくださいね。自分のやってることに対して反応がないと書き手としては辛いし。(反応を返したくなるほどの内容を書けっていうツッコミはメールにでも書いてくださいね。)それでは、また。
                                                        焔

素敵なお話を書いてくださった焔さまへ感想を送られる方は こちらへどうぞ。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送