万華鏡〜カレイドスコープ〜


 風が吹く。木々を揺らし、染井吉野を散らすように穏やかな風が。桜は当の昔に土に還ったというのに、私の心は未だあの満開の桜の下にある。志摩子と出会った桜の木々。
 「……あんなに動揺したのは栞の時以来だったな。」
 誰もいない桜の木の下、私は一人物思いに耽っていた。秋という季節は不思議と物悲しい空気が漂っている。青々とした緑が枯れ、風に吹かれて葉を散らせる様がそう思わせるのか。いずれにしても感傷にふけるにはうってつけと言える。誰もいない放課後、穏やかになってきた太陽の日差し。木々の隙間から漏れる光に目を細めて、私はふと栞を思い出した。未だに心のどこかで燻り続ける、栞への想い。辛くなかったといえば嘘になる別れではあったけど、この別れは必然だったのだ。栞と一つに同化したい、与え合いたいと願う気持ちは今もある。だけど、それは叶わない。他者を排除して生きていける世界ではないのだから。少しずつではあるけど、それを受け入れられるようになってきた私を慰めるように桜の葉は肩へと降り積もっていく。
 「栞……。」
 こうして人は忘れていくものなのだろうか。


 「お姉さま?」
 見間違いじゃないだろうかと思ったが、私は桜の木に向かって歩き出した。一歩一歩近づくたびに、何度見ても痛々しい姿がはっきりしてくる。遠い眼差しは木々の色褪せた緑を通り抜け、どこか違うところへと注がれているのが分かって少しだけ胸が痛んだ。私が秘密を抱え込んでいるように、お姉さまも触れられたくない過去を持っている。私はそれを告げたけど、それと引き換えにお姉さまの過去を知りたいかと問われたら、否だ。触れられたくない過去を私は持たないけど、誰しも入ってきて欲しくない部分の一つや二つあるものだから。姉妹だからといって、全てを共有する必要なんてないはずなのだ。もっとも、私達は一般的な姉妹ではないからその辺のところは良く分からないのだけど。歩くたびに落ち葉が軽く音を立て、人が近づいているのを知らせているというのにも関わらず、お姉さまはそれには気づかないようだった。痛々しくもどこか炎を思わせる眼差しに、胸が軋むような感覚を覚えるのは何故だろうか。


 「……万華鏡みたいですね。お姉さまは。」
 「そう?私はあんなに綺麗じゃないし、見る人の心を楽しませるような人間なんかじゃないよ。」
 志摩子の言葉が私の心に染み渡っていく。そんなにも私は見るたびに違って見えるのだろうか。確かに一年前と比べたらいろんな顔をするようになったとは思うけど、それで見る人の心を楽しませているかは分からない。ただ、私の分身のような志摩子がいうのだから、それは多分当たっているのだろう。志摩子はそっと私の肩に手を伸ばして、いつの間にか降り積もった葉を一枚一枚丁寧に大地に降らせる。自らの葉を散らせる桜を、どこか愛しむようなその仕草に何故か心が満たされるような感覚を覚えた。
 「志摩子はどうしてここに?」
 「歩いていたらお姉さまが見えましたから。お姉さまこそどうしてここへ?」
 「分からない。考え事する場所なら他にもあったはずなんだけど、気が付いたらここに来てたしね。それに、期待してたのかもしれない。」
 「え?」
 私は志摩子の髪へと手を伸ばした。栞とは違うふわふわの巻き毛に、顔を近づけてそっと口付ける。その行為に志摩子は案の定顔を赤らめた。人間らしい表情に、言いようのない温かな気持ちが込み上げてくるのが分かって、自然と微笑みが零れる。
 「志摩子に会えるかも、ってね。……志摩子、私一年前に辛いことがあったのよ。それがどういうことかは言えないけど、今も辛さを感じてる。でも、それを忘れてきている自分がいるのが少しだけ悲しかったの。 」
 そこで一旦言葉を切った。髪から志摩子の肩へと手を伸ばし、軽く力を入れて私の方へと引き寄せる。それが当たり前のように、志摩子はすっぽりと腕の中に収まった。少し冷たい風がふくけど、それがあるからこそ志摩子の温もりを感じることが出来る。悲しみも諦めも、この温もりに溶けて消えていくようだった。


 「だから、今志摩子が来てくれてよかった。」
 「お姉さま…。」
 私はお姉さまの背に手を回した。迷子になってたのを見つけてもらった子供のように無防備な姿。今は言葉は必要なかった。ただ、この温もりだけで私の胸の軋みは消えていく。お姉さまもきっとそうだと思う。普段は全然触れ合いも、言葉さえ満足に交わさない姉妹だけど私達はちゃんとお互いを必要としている。それで充分だった。
 「さってと、そろそろ行きますか。紅薔薇さまが今頃怒ってるだろうしね。」
 お姉さまは肯定しなかったけど、やっぱり万華鏡だと思う。ついさっきまで痛々しい視線をどこかに向けていたかと思えば、優しい笑顔を見せて。かと思えば無防備な姿をさらして、今度はこうしていつものお姉さまになる。見ていて心が楽しくなるとは思わないけれど、不思議といつまでも見ていたいと思う。
 「やっぱり、お姉さまは万華鏡です。」
 「そう。それはよかった。」
 「何でそう思われるんです?」
 「志摩子が一緒にいても退屈させてないってことでしょ。さ、行くよ。」
 「ちょ!何で走るんですか!」
 お姉さまってば本当変わるのが早くて、ついていくのが大変だけど。繋いだこの手はけして離すまいと心の中で誓う。お姉さまもきっとそう思ってくれてると思いながら、こうして手を繋いで走るのは悪くない。このよく分からないドキドキも嫌じゃないから。
 「…じゃ、走らなーい。」
 「ってそんな急に止まられても!」
 「んー、じゃあ志摩子はどうしたいわけ?」
 顔が赤くなってくるのを感じながら、お姉さまの様子を伺うと。案の定意地悪な微笑みを浮かべていた。私はお姉さまから目を逸らしてその問いに答える。
 「歩いていきましょう。……手を繋いで。」
 「オッケー。じゃあ、改めまして。」
 お姉さまはにっこり笑って手を繋ぎなおしてくれた。それだけで、不思議と顔の赤みも引いていく。ゆっくりと落ち葉を踏み締めながら、満開の染井吉野を思い出した。初めてお姉さまと出会った桜は当の昔に大地に還ったけれど。桜を見るたびに私はお姉さまを思い出す。その度に私は温かな気持ちを感じながら、お姉さまが傍にいなくても生きていけるだろう。それはすごく幸せなことのように思えた。


 「会えてよかった……。」
 「え、何志摩子。何か言った?」
 「何も言ってないですよ。」
 志摩子が風に溶かした言葉はそのままどこかへと過ぎ去っていって。またここに戻ってくるはずだ。その言葉を口にするのは私かもしれないけど、どっちが言ったって構わないだろう。だって、私も会えてよかったとその時思っていたのだから。そうして、沈黙が訪れて。この温もりを忘れるものかと、繋いだ指先に少しだけ力を込めた。


 風が吹き抜けていく。
                                                  終わり


聖×志摩子ですね。

うーん、いつもと違う感じにしようと思って頑張ってみたけど。初の聖×志摩子です。最初ボーッとネタ考えてて(うとうとしながらね。)そんな時ふと、聖さまって万華鏡みたいって思ったのがきっかけで出来ました。でも、モゲラさんとメールしていた時点では聖×祐巳か聖×蓉子か聖×志摩子、どれにしようかで迷ってました。(笑)聖さまと蓉子さまなら蓉子視点オンリーのバカップルテイストになってたでしょうし、聖さまと祐巳ちゃんならコメディ風、祥子さまも絡めてって感じだったでしょうね。この二人だとこんな感じかしらと、どっちの視点も使って書いてみました。万華鏡はちゃんとカレイドスコープと読んであげてください。ルビつけてないけどね。(苦笑)次は令×由乃ですかね。祥子×祐巳と対をなすラブラブ姉妹。はたして焔は書けるのか!?甘々は苦手だぞ。(笑)祥子×祐巳好きな私なのに、気が付いたら1本しか書いてない・・・そのくせ聖さまは出番が一杯っすね。やはし、愛かねぇ。(苦笑)何にしても、ネタは随時募集中ですよ。カップリングとシチュエーション、もしくはこいつのように一単語とかを指定してもらえたら頑張りますし。さあ、怖がらずにリクしてみよーってなわけで、聖×志摩子でした。 焔

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