三年生を無事に送り出し、春休みに入ったある日。 福沢家の前でクラクションが遠慮なく響いた。 突然やってきた騒音に祐巳が何事かと外を覗うと、そこには見覚えのある黄色い軽自動車が止まっていた。 (白薔薇さま?) だとしたら私は退屈しのぎか。 それでも「卒業しちゃって滅多に会えないんだろうな」と思っていたからこの突然の訪問は嬉しかった。 祐巳がいそいそと上着を羽織り外に出て車に近づくと。 いきなり後部座席のドアが開き、祐巳は車内に引きずり込まれた。 引っ張られた時にすねをぶつけてしまい、思わず顔をしかめた祐巳の前には。 「こんにちは、祐巳ちゃん」 ということは、祐巳を引きずり込んだのは黄薔薇さまということになる。 久しぶりに見るスリーショットに、本来であれば喜ぶ場面だが、再会の仕方に少々問題があった。 いきなり拉致された祐巳は喜ぶ間もなくただひたすらオロオロする羽目になってしまった。 祐巳が混乱していると、紅薔薇さまが振り返った。 「祐巳ちゃん、今日は何か用事がある?」 白薔薇さまはそう言うと勢いよくアクセルを踏み込んだ。 「せっかく三人で集まった所に私がいたらお邪魔なのでは・・・・・?」 祐巳は三人に会えて嬉しい気持ちを押さえつつ尋ねた。ここは聞くのが筋だろう。 「あー、いいのいいの。祐巳ちゃんも一緒がよかったんだから」 ハンドルを切りながら答える白薔薇さま。お正月の時よりも運転がスムーズだ。三ヶ月経って慣れてきたのだろう。 ――でもせっかく遊ぶのならそれぞれ妹を誘った方がよかったんじゃあ・・・・・? そんな思いはやっぱり顔に出ていたらしく、何も言ってないのに白薔薇さまが答えをくれる。 「妹だとどうしても姉妹で固まりがちになるでしょ?その点祐巳ちゃんなら全然オッケー」 黄薔薇さまの言葉に祐巳は、多分誉められたのだろうけれどイマイチ自信がなかったのでただ「はぁ」と曖昧に頷いた。 でも、薔薇さま三人の思い出話を始められたら私はどうすればいいのだろう・・・? 「そんなに深く考えないで。私達が祐巳ちゃんと過ごしたいと思った、ただそれだけなんだから」 今度は素直に頷けた。 「ありがとうございます。―――ところで、さっきの連れ出し方って完全に誘拐じゃないですか」 祐巳が非難しても薔薇さま方は慌てず騒がず。 春の気配に誘われてあちらこちらで花が咲き始めている。桜も五分咲き、といったところだろうか。 「・・・あの、どうして山を走ってるんですか?」 「お花見をするために決まってるじゃない」 ・・・ちょっと待て?五分咲きの桜で花見?あと一週間も待てば満開の桜を拝めるだろうに。 「まあ心配しなさんなって。ねえ、江利子?」 それから約十分後。 満開の、桜。 祐巳が桜に見惚れている間に、何やらテキパキと動いていた三人が祐巳を呼んだ。 「祐巳ちゃん何突っ立ってんのー?」 呼ばれた祐巳は一際綺麗な桜の木の下に敷物を敷いて待ってくれている三人の元へ駆け寄った。 腰を下ろすと紙コップを渡され、オレンジジュースが注がれた。 「カンパーイ!」 「おいしい!白薔薇さまのお母さんが作ったんですか?」 「いや、違うよ」 白薔薇さまがニヤニヤ笑っている。 ――白薔薇さまじゃなければ紅薔薇さまか黄薔薇さまなんだろうけど―― チラッと二人の様子を覗うと、二人とも楽しそうに祐巳の方を見ている。 「・・・・・紅薔薇さま・・・・・?」 「あったりー。今日は冴えてるねー、祐巳ちゃん」 カラカラと笑う白薔薇さま。 「ほ・・・本当にこれ全部紅薔薇さまの手作りなんですか?!」 「あら?蓉子、卵焼き甘くしたの?あなた塩が好きじゃなかったかしら」 「そ、そんなんじゃないわよ!ちょっと気が向いたから、それで・・・」 「別に照れなくてもいいじゃない」 甘くて美味しい卵焼きをもぐもぐしながら、あれ?と思うことが一つ。 「紅薔薇さまの手料理って祥子さまは・・・」 祐巳は紅薔薇さまに感謝と感激で一杯になった。 ―――卵焼きのことと言い、照れたお顔と言い、今日は何ていい日なんだろう。 「ありがとうございます」 何やら真剣な表情で紅白二人の薔薇さまが祐巳に迫ってきた。 「どれも楽しくて嬉しかったので、一つに決めることは・・・」 祐巳がしどろもどろに答えると、三人の緊張が解けた。 「そっかあ。てことは引き分けだね」 「あの、何の話ですか?」 「実は、せっかくだから誰が一番祐巳ちゃんを喜ばせるかで勝負することになって」 祐巳は驚いた。まさか薔薇さま方がそんな勝負をしていたなんて。 「ま、今日は祐巳ちゃんはみんなの物だ!さあ、飲んで飲んで!」 「?!ロ、白薔薇さま、これお酒じゃないですか!」 「聖!祐巳ちゃんに何飲ませてるの!それにあなたも未成年でしょ!帰りはどうするのよ?!」 紅薔薇さまのもっともな怒りを他所に、白薔薇さまはビニール袋を持ち上げて見せた。 「それより、ほら。みんなの分もあるよ?」 再び口を開きかけた紅薔薇さまを、黄薔薇さまが「まあまあ」と笑いながら制してビニール袋に手を伸ばした。 「もう、二人とも・・・!」 |
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