春爛漫

 三年生を無事に送り出し、春休みに入ったある日。

 福沢家の前でクラクションが遠慮なく響いた。

 突然やってきた騒音に祐巳が何事かと外を覗うと、そこには見覚えのある黄色い軽自動車が止まっていた。

 (白薔薇さま?)
 一体どうしたのだろう。
 何かあったのだろうか。いや、きっと長い春休みで退屈してたのだろう。

 だとしたら私は退屈しのぎか。

 それでも「卒業しちゃって滅多に会えないんだろうな」と思っていたからこの突然の訪問は嬉しかった。

 祐巳がいそいそと上着を羽織り外に出て車に近づくと。

 いきなり後部座席のドアが開き、祐巳は車内に引きずり込まれた。



 「イタタ・・・え?え?!」

 引っ張られた時にすねをぶつけてしまい、思わず顔をしかめた祐巳の前には。

 「こんにちは、祐巳ちゃん」
 「黄薔薇さま?!」

 ということは、祐巳を引きずり込んだのは黄薔薇さまということになる。
 運転席には白薔薇さま、助手席には紅薔薇さまが座っている。

 久しぶりに見るスリーショットに、本来であれば喜ぶ場面だが、再会の仕方に少々問題があった。

 いきなり拉致された祐巳は喜ぶ間もなくただひたすらオロオロする羽目になってしまった。

 祐巳が混乱していると、紅薔薇さまが振り返った。

 「祐巳ちゃん、今日は何か用事がある?」
 「は?いえ、ありませんけど―――?」
 「じゃ、決まり。今日はパーっと騒ごう!」

 白薔薇さまはそう言うと勢いよくアクセルを踏み込んだ。



 窓の外を景色がゆっくりと流れていく。

 「せっかく三人で集まった所に私がいたらお邪魔なのでは・・・・・?」

 祐巳は三人に会えて嬉しい気持ちを押さえつつ尋ねた。ここは聞くのが筋だろう。

 「あー、いいのいいの。祐巳ちゃんも一緒がよかったんだから」

 ハンドルを切りながら答える白薔薇さま。お正月の時よりも運転がスムーズだ。三ヶ月経って慣れてきたのだろう。

 ――でもせっかく遊ぶのならそれぞれ妹を誘った方がよかったんじゃあ・・・・・?

 そんな思いはやっぱり顔に出ていたらしく、何も言ってないのに白薔薇さまが答えをくれる。

 「妹だとどうしても姉妹で固まりがちになるでしょ?その点祐巳ちゃんなら全然オッケー」
 「?」
 「祐巳ちゃんはどのメンバーといても対応できるってこと」

 黄薔薇さまの言葉に祐巳は、多分誉められたのだろうけれどイマイチ自信がなかったのでただ「はぁ」と曖昧に頷いた。

 でも、薔薇さま三人の思い出話を始められたら私はどうすればいいのだろう・・・?
 思わず眉間にしわを寄せたところに紅薔薇さまの声がした。

 「そんなに深く考えないで。私達が祐巳ちゃんと過ごしたいと思った、ただそれだけなんだから」

 今度は素直に頷けた。

 「ありがとうございます。―――ところで、さっきの連れ出し方って完全に誘拐じゃないですか」
 「ははは。だってそっちの方が手っ取り早いじゃない」

 祐巳が非難しても薔薇さま方は慌てず騒がず。
 白薔薇さまが軽く流して軽快に車を走らせていった。



 時々、地図を見ていた黄薔薇さまが指示を出しながら進んだ車は今、山を走っている。

 春の気配に誘われてあちらこちらで花が咲き始めている。桜も五分咲き、といったところだろうか。

 「・・・あの、どうして山を走ってるんですか?」
 隣にいる黄薔薇さまに祐巳は問いかけた。

 「お花見をするために決まってるじゃない」
 当然、という感じにいともあっさり言い放つ黄薔薇さま。

 ・・・ちょっと待て?五分咲きの桜で花見?あと一週間も待てば満開の桜を拝めるだろうに。
 祐巳には薔薇さま方の思考が読めなかった。

 「まあ心配しなさんなって。ねえ、江利子?」
 「そうね」
 ルームミラー越しに白薔薇さまと黄薔薇さまが会話をした。

 それから約十分後。
 黄薔薇さまの最後の指示に従って車が止まった。

 満開の、桜。
 本数こそ少ないが、一本一本が大きく枝を張っていて、その枝に桜の花をこれでもかという位につけている姿は溜め息が出る程美しかった。

 祐巳が桜に見惚れている間に、何やらテキパキと動いていた三人が祐巳を呼んだ。

 「祐巳ちゃん何突っ立ってんのー?」
 「座って、座って」
 「祐巳ちゃん早く」

 呼ばれた祐巳は一際綺麗な桜の木の下に敷物を敷いて待ってくれている三人の元へ駆け寄った。

 腰を下ろすと紙コップを渡され、オレンジジュースが注がれた。

 「カンパーイ!」



 白薔薇さまに勧められてお重の中の物を一口食べた祐巳は―――

 「おいしい!白薔薇さまのお母さんが作ったんですか?」
 煮物の味の染み具合はすごく絶妙でおいしかった。

 「いや、違うよ」
 「え?じゃ、まさか白薔薇さま・・・?」
 「そうだ、って言ったら反応が面白かったんだろうね〜」
 「ということは白薔薇さまじゃないんですか・・・」
 「さ、誰だかわかるかな?」

 白薔薇さまがニヤニヤ笑っている。

 ――白薔薇さまじゃなければ紅薔薇さまか黄薔薇さまなんだろうけど――

 チラッと二人の様子を覗うと、二人とも楽しそうに祐巳の方を見ている。

 「・・・・・紅薔薇さま・・・・・?」

 「あったりー。今日は冴えてるねー、祐巳ちゃん」

 カラカラと笑う白薔薇さま。

 「ほ・・・本当にこれ全部紅薔薇さまの手作りなんですか?!」
 「もちろんよ。祐巳ちゃんのお口に合ってよかったわ」
 にっこりと紅薔薇さま。その時、黄薔薇さまが。

 「あら?蓉子、卵焼き甘くしたの?あなた塩が好きじゃなかったかしら」
 「あ〜、さては祐巳ちゃんのためでしょう」
 すかさず意地悪く白薔薇さまが突っ込んだ。

 「そ、そんなんじゃないわよ!ちょっと気が向いたから、それで・・・」
 紅薔薇さまは赤くなって何やらもごもごと言っている。
 ・・・ひょっとして、照れているのだろうか?

 「別に照れなくてもいいじゃない」
 「そうそう。蓉子が祐巳ちゃんのこと可愛がってるってことはみんなわかってたし」
 やはり照れていたようだ。それにしても紅薔薇さまって料理上手なんだな、と思いながら祐巳は話題の卵焼きを口に入れた。

 甘くて美味しい卵焼きをもぐもぐしながら、あれ?と思うことが一つ。

 「紅薔薇さまの手料理って祥子さまは・・・」
 「そうねぇ、祥子には作ったことなかったわね」

 祐巳は紅薔薇さまに感謝と感激で一杯になった。

 ―――卵焼きのことと言い、照れたお顔と言い、今日は何ていい日なんだろう。

 「ありがとうございます」
 「いいのよ、別に。それより、何が一番嬉しかった?」
 「は?」
 「だからさ、ドライブと桜と弁当のどれが一番祐巳ちゃんは嬉しかった?」
 「ええっと・・・・・」

 何やら真剣な表情で紅白二人の薔薇さまが祐巳に迫ってきた。
 黄色の御方はというと、やっぱり興味深々といった面持ちで祐巳を見つめている。

 「どれも楽しくて嬉しかったので、一つに決めることは・・・」

 祐巳がしどろもどろに答えると、三人の緊張が解けた。

 「そっかあ。てことは引き分けだね」
 「残念。自信あったのに」
 「次回に持ち越し、ということにしましょうか」

 「あの、何の話ですか?」
 会話の中の「引き分け」という言葉が気になって、祐巳は口を挟んだ。

 「実は、せっかくだから誰が一番祐巳ちゃんを喜ばせるかで勝負することになって」
 「勝った人は今日一日祐巳ちゃんを独占できる、ってなってたの」
 「でも、今日のところは引き分け。次は勝たせてもらうけどね」
 「えええっ?!」

 祐巳は驚いた。まさか薔薇さま方がそんな勝負をしていたなんて。
 ―――…一つに決めなくてよかったかもしれない。

 「ま、今日は祐巳ちゃんはみんなの物だ!さあ、飲んで飲んで!」
 白薔薇さまが祐巳の首に腕をガシッ!と回し、グイッ!と何かを飲ませた。

 「?!ロ、白薔薇さま、これお酒じゃないですか!」
 「そーだよ」
 白薔薇さまは悪びれた様子もなく、お酒を飲んでいる。

 「聖!祐巳ちゃんに何飲ませてるの!それにあなたも未成年でしょ!帰りはどうするのよ?!」
 「大丈夫だよ、そんなに飲まないから」

 紅薔薇さまのもっともな怒りを他所に、白薔薇さまはビニール袋を持ち上げて見せた。

 「それより、ほら。みんなの分もあるよ?」

 再び口を開きかけた紅薔薇さまを、黄薔薇さまが「まあまあ」と笑いながら制してビニール袋に手を伸ばした。

 「もう、二人とも・・・!」



 咲き誇る桜の下で開かれたお花見は宴会へと変わり、まさに宴も酣といった状態になっていった――――― 


あとがき

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