君がいた永遠


 二年半前。初めて蓉子と遊びに行った。
 それまでは蓉子に対して特に関心はなかった、いや、興味はあった。しかし、私の心はそれを認めたくなかったのだ。

 長い夏休みが近づいてきたある日、ふとしたきっかけから、蓉子の携帯番号を知った。
 その数日後、なぜか私は蓉子に電話をかけた。なぜかけたのかなんて、今でも解らない。多分、その時暇だったからだと思う。

 「もしもし」
 『嘘、聖?本当にかけてきたの?』
 「…かけない方がよかったみたいね」
 『ああ、ごめんなさい、そういうんじゃないの。ただ、ちょっと驚いただけ』
 「……ふうん」

 その時何か特別な事を話したわけではない。ただの世間話だ。しかも、会話の時間よりも沈黙の時間の方が長かった。
 それなのに。
 そのたった一回の電話で、私は自分でも不思議な位強く蓉子に惹かれた。

 蓉子が祭りに行きたいと言い出したので、祭りの会場近くに住んでいる私が案内を兼ねて一緒に行く事になった。まだ二週間前だと言うのに、気が早い。
 けれど祭りに行く前日に蓉子から電話がかかってきた時、私は気づいた。
 ―――ああ、私は蓉子と遊ぶ事を楽しみにしていたのか。

 予想を越える人の多さに私は驚いた。今までどこに住んでいたのかと思う位に人で溢れていた。

 「蓉子、こっち」

 私の隣を歩く蓉子は、気がつけばすぐに人の波に流されかけていた。どうしてだろうと思い少しの間蓉子を観察してみると、何の事はない。彼女は前を見ていないのだ。自分に近い方の通りに並ぶ出店を見て歩いているのだ。見通しが悪いので仕方ない事だとは思うけど、こうも簡単にはぐれられては堪らない。
 私は蓉子の手を握った。かなり恥ずかしかったが、どうせこの人込みじゃ知り合いに会う事もないだろうし、もしも蓉子が迷子になったらこの中から見つけ出さなければならない。それだけは勘弁して欲しい。
 私は携帯電話など持たないのだから。

 その二日後位に私は再び蓉子と会っていた。買い物に付き合わされたのだ。何も私じゃなくても他に友達はいるだろうに。
 「だって、聖が一番この近くに住んでいるじゃない」
 蓉子が私を選んでくれた事に密かに嬉しさを覚えた。

 その日は夜まで遊んでいた。お酒を飲んだ事がないと蓉子が言ったので、私はほんの少し悪戯心を出してコンビニでチューハイを買ってきて飲ませてみた。すると、蓉子は酔いが回るのが早いらしく、すぐにふらふらし始めた。
 「しまった」と私は少しだけ焦った。すぐに近くの公園に連れて行って休ませる事にした。
 私の心はほんの少しの罪悪感と大きな喜びを持った。学校生活の中では絶対に見る事ができない蓉子の姿を見る事ができたという、喜び。
 赤い顔して蓉子がベンチに座っている。
 「大丈夫?」
 「うん…。何か、眠い…」
 自分で飲ませておいて大丈夫?も何もないが、ここは気遣うべきだろうと声をかけると、本当に眠たそうな声と顔で蓉子が言った。
 「横になったら?」
 「…じゃ、ちょっとだけ」

 蓉子が上半身を横たえた。目を閉じているが、まだ眠ってはいないだろう。
 他にする事もないので私は蓉子を眺めた。十分が過ぎても蓉子は目を開けなかった。完全に眠ってしまったのだろうか?
 とりあえず、夏の夜は意外に冷えるので私は自分の羽織っていた薄いシャツを蓉子に掛けた。
 その時、蓉子の唇が微かに動いた。何だろうと思って耳を寄せるが聞き取れなかった。

 何だったのだろうと思った時、初めて私は自分と蓉子の距離の近さに気がついた。
 微かに酒の匂いがする。呼吸のリズムもわかる。
 私は自分の脈拍が上がっていくのがわかった。
 なぜ。
 気がつくと私は蓉子に口付けていた。
 軽く、そっと。
 しかし、眠り姫は目を覚まさなかった。その代わり、首に腕を回された。

 蓉子は起きているのか?これは私を受け入れるサインなのか?それとも酔っているだけなのか?

 蓉子の行動の意味だけでなく、自分の取った行動の意味も解らなかった。
 なぜ蓉子にキスをした?私は女で、蓉子もまた女である。女が女に欲情するなんてあるのだろうか?
 それでも、一般的に不自然と思われるこの感情が私の中に生まれた事は事実である。

 様々な疑問を解決できないまま、私は蓉子の腕から抜け出した。
 それから五分ほどして蓉子が起きあがった。
 「もういいの?」
 「うん。ちょっとすっきりした」
 私は動揺を隠しながら訊いた。答える蓉子はさっき何があったのかなんてちっとも解ってないようだった。やはりあれは酔っていたせいだったのだろう。

 私は少しほっとした。同時に胸の中に小さなざわつきが起きた。そのざわつきに向かって、「あれは気の迷いだ。そう、ちょっとした気の迷いに過ぎないんだ」と言い聞かせる。
 この感情は伝えるべきではない。伝えてしまえばきっと蓉子を困らせる。
 友情と愛情を勘違いしてはいけない。この二つは似ているから、慎重に考えなくてはいけない。
 頭の中で必死に分別をつけようとしたが、そんな事をすればするだけ私の気持ちは強くなっていった。

 どうしよう。どうしたらいい?私は自分の気持ちのやり場に困った。
 困ったまま、蓉子を抱き締めた。
 蓉子の頬に自分の頬をつけると、まだ蓉子の頬は熱かった。
 いきなり抱き締められて蓉子は困っているだろう。蓉子を抱き締める事で私の胸のざわつきが少しづつ退いていくのが解った。これが「安心する」という事なのかもしれない。

 私の胸のざわつきが消えたところで、再び脈拍が上がる事が起きた。

 蓉子が私にキスをした。

 「…どうして」
 「だって、さっきしてきたでしょ。お返し」
 「…いいの?」
 「うん。聖の事、好きだし」

 私達は三度目の口付けを交わした。三度目にして、初めて心を通わせた。

 そして私と蓉子は恋人同士になった。



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                                  2002/03/17

  

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