「お」

 聖は足を止めた。
 寒さには比較的強いと思っている自分がコートを着ているような気温の日に、コートなしで立っている女の子を見つけたからだ。
 しかも、知り合い。

 わざと足音をたてながら近づくと、その人物はさほど驚く様子を見せずに振り向いた。
 「ごきげんよう、白薔薇さま。今お帰りですか?」
 こちらを振り向いた彼女はいつもと様子が違った。
 「ごきげんよう、蔦子さん」
 何が違うかはすぐに分かった。

 「会議はないのにぼんやりしてたら、ね」
 いつも彼女の体の一部のようにあるカメラが、今日に限って見当たらない。
 「今日は随分と身軽なようだけど?」
 思ったままを口にすると、蔦子さんは気を悪くすることなく、ただ「ああ」と小さく呟いた。

 「レンズを通さない色を見たかったんです」
 「色?」

 聖はコートのポケットに手を入れて尋ねた。
 蔦子さんが何を考えているか、よく分からなかった。

 「色って光が関係して目の組織から脳に・・・って、何だか複雑なシステムを通るじゃないですか」
 聖は相づちを打った。
 「だから見る度に違うんだろうなあとか思ったら、偶にはカメラを外してみたくなって」

 蔦子さんは誰もいない銀杏並木の方に目をやり、はぁっと息を吐いた。

 白い空気が回りの空気に混ざっていく。

 「すみません、訳の分からない話をしてしまって」
 「いや・・・」

 全部ではないが、蔦子さんの言いたいことは何となく分かる気がした。
 その結果思うことは、「何か悩んでいる?」ということだ。
 けれど聖はそれを問いただそうとは思わなかった。
 変わりに。

 「私さ、閉じた瞼に感じる光が好きなのね」
 蔦子さんは黙っている。聖は構わず続けた。

 「特に日光が好きかな。暖かいし、沢山の色が見えるから」
 「・・・何となく、分かります」
 蔦子さんが口を開いた。

 その言葉を聞いて、聖は僅かに口元をほころばせた。
 「フィルムが余った時でいいからさ、そんなのが撮れたら見せてね」
 ニカッと聖が笑うと、それに答えるように蔦子さんがくしゃみをした。
 「そろそろ寒くない?帰る?」
 一緒に、と言いかけて、やめた。
 別に一緒に帰るのが嫌だということではないのだが。
 それは彼女も同じだったようで、帰ります、と言ってうすく笑った。

 「じゃあね」
 「はい、ごきげんよう」

 挨拶をして、歩き出す。

 聖は校門へ。
 蔦子さんは、校舎へ。


 辺りが薄い闇に包まれる頃、二人は歩き出した。



あとがき

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