だらりと寝そべってテレビを観ているその人を、蓉子は呆れるように見た。軽く背中を蹴ってやる。何も反応を返さないのを見て、今度は手にしたお盆で頭をバコバコと叩いた。
 「痛っ!何するの、蓉子!」
 叩かれたところをさすりながら恨めしそうにその人は振り返った。
 「行儀悪いわよ、聖」
 二人分のコーヒーカップをテーブルに置いて蓉子はソファに腰掛けた。
 「座ったら?」
 ソファの開いている部分を示したが、聖は「ここがいい」と言ってテレビの前今度はあぐらをかいた。
 蓉子はやれやれと溜め息をついてコーヒーを一口飲んだ。
 「―――何観てるの?」
 いつになく熱心にテレビに見入っている聖に蓉子は声をかけた。聖が観るのは専らニュースかドキュメントだ。バラエティや歌番組は馬鹿にしている節さえある。
 ―――その割にやたらと流行りの歌に詳しいが。

 テレビ画面は今、大勢の観客を映している。そしてすぐにカメラが切り替わった。
 「ああ、スケート」
 リンクが映る。そして一人の選手が出てきた。フィギュアスケート。中央に立ち、微かに下を向く。会場内が静まり返った。
 やがてゆるやかな音楽が流れ、演技が始まった。


 蓉子は目が釘付けになった。フィギュアスケートのことはさっぱり分からないが、美しいと思った。
 「ミス・パーフェクトだって」
 「え?」
 「この選手を称える言葉。銀盤の女王」
 すごいよね、と感嘆の声を聖はあげた。
 「へぇ・・・ねえ、この人どこの国の人?」
 「アメリカ」
 聖の寄越した答えに蓉子は驚いた。やけにアジアっぽい顔立ちだから。まあアメリカは人種のるつぼと言われる国だしな、とぼんやり納得した。

 後から、聖にあの選手の両親は中国生まれだと聞いた。

 「でもさあ、ミス・パーフェクトなら蓉子もそうだよね」
 唐突に聖が言った。
 「?」
 「いつも完璧、隙がない」
 「それって誉めてるの?」
 「当然。でも、あんまり嬉しくなさそうだね」
 ずばり言い当てられて蓉子はちょっと怯んだ。沈黙を肯定と受け取った聖がうーんと唸った。そして、パッと顔を輝かせた。
 「じゃあさじゃあさ、蓉子はミス・おばあちゃん!」
 「な・・・っ!」
 「リリアン広しと言えど、蓉子ほどの『おばあちゃん』はまずいないよね!」
 けたけたと笑う聖に蓉子は一瞬言葉を失った。
 「・・・じゃあ聖はミス・おやじだわ」
 ぼそりっと蓉子が言うと、聖の笑いがぴたっと止まった。
 「うわあ何それひどいなあ」
 さも心外だと言わんばかりの表情で聖が文句を言う。あまり自覚がないのだろうか。だとしたらゆゆしき問題だ。
 「それが嫌ならミス・セクハラ」
 「ぅぐっ!!」
 今度は心当たりがあるらしい。聖が喉の奥で声を出した。


 「うるさいなあ・・・何言い争いしてるのよ」
 『江利子』
 ふらりと現れた江利子に肩で息をしている蓉子と聖の言葉がハモる。
 「 ごめんなさい、起こしたみたいね」
 「まったく・・・」

 蓉子と聖の説明を眠たそうに聞いていた江利子が、話を聞き終えてから言った。
 「いいじゃない、何かあるんだから」
 『よくない!』
 またもハモる声に、江利子はこめかみに指を当てた。
 「・・・だったら、私に付けるならミス・何?」
 問われた蓉子と聖は金魚のように口をパクパクと動かして―――――

 『あはっ』

 へらりっと笑った。





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 SSは久し振りのような気も。まあ私の書く物はどれも短いじゃん!SSって分けなくてもいいじゃん!などと言うツッコミはナシでお願いします(笑)
 話の中に出てくる選手、分かる人は分かると思いますが、ミッシェル・クワン選手のことです。説明は・・・過去の新聞記事でも読むとよく分かるでしょう(笑)
 ギャグに飢えてました。だからついつい・・・。最初の部分だけなら「おっ、聖×蓉子か?」なんて思うかもですが。


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