その日、佐藤聖は急いでいた。

 早く、早くここから去らないと大変なことになる。
 角を曲がって靴を履いて。外に飛び出せばきっと大丈夫だ。

 放課後の校舎にはもう人の数は多くない。
 必死に走って、けれどシスターには見つからないように、聖は昇降口を目指した。
 あの角を曲がればゴールはすぐそこ。
 後ろを振り返り追っ手がいないことを確かめる。

 捕まるわけにはいかないのだ。捕まったら最後、何をされるか分からない。だから何としても逃げ延びなければ。

 ―――よし、大丈夫。

 念のため、角に身を潜めて先の様子も窺う。
 人影なし、物音もなし。
 今がチャンスだ。
 ごくり、と口の中に溜まった唾を飲み込んで急いで自分の下足箱へ駆け寄ると、素早く靴を入れ換える。
 簀の子まではほんの三歩か五歩の距離だ。
 大丈夫、いける。
 聖が靴を下ろそうと少し身を屈めたその瞬間。
 弾丸のように一人の人間が聖の背中にぶつかってきた。
 「おわっ!!??」
 「捕まえた―――!!」
 聖は背中にへばりついた人物を振り切ろうともがいた。
 けれど背中の人物は驚異的な力で聖を拘束する。
 「・・・っ、くっ・・・!」
 腕を自由にしようとしている聖の目の前に、もう一人追っ手が現れた。
 「もう逃げられないわよ。さあ、観念してもらおうかしら」
 「蓉子・・・」
 目の前に立ちはだかった人の名を、負けを悟った聖は苦い表情で呟いた。



 「どういうつもりだったのか、説明してもらうわよ」
 「だからあれはほんの気まぐれだったんですぅ・・・祐巳ちゃんお願い。この縄解いて?」
 蓉子の詰問に、一度はその場で言ったことを繰り返す。そして祐巳ちゃんに泣きついてみたが、彼女は普段からは信じられない程の迫力で私に告げた。
 「駄目です」
 うう、笑顔なんだけど青筋が浮かんでいるのが見えるようだ・・・。こんな技、祐巳ちゃんは一体どこで覚えてきたんだ。
 きっと蓉子の影響だな・・・。

 ああ、それにしても。冗談でも祥子に抱きついたりするんじゃなかった。
 悪ノリが過ぎただけ、ではもう済まされない状況だ。
 最後の腹を括った私はきつく目を閉じ、血を味わう覚悟を決めた。





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 逃げる聖さま。追う蓉子さま&祐巳ちゃん。あんまり緊迫感はないですが、こんなテンポの物も好きなので。
 蓉子さまは外で待ち構えていたんですね。なぜ蓉子さままでお怒りなのか。さてそれは何故でしょう(笑)
 と言っても可能性は二つしかないですが。


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