いつもの薔薇の館、いつものメンバー。そこに、福沢祐巳の姿はなかった。
「志摩子、祐巳は今日はどうしたの?」
祥子の問いに志摩子がやんわりと答える。
「はい、祐巳さんは今日は風邪で欠席しています」
その時。
ピクっと反応した人が一人。
「風邪かあ。最近急に冷えたからなあ。んじゃ、帰りにお見舞いにでも行こっかな」
聖の「お見舞い」という単語に祥子が反応する。
「わざわざ白薔薇さまが行かれる必要ありませんわ。お見舞いでしたら私が行きます」
「あら、誰が行ってもいいでしょ」
「そうはいきません。祐巳は私の妹です」
「堅い事言いなさんなって。私にとって祐巳ちゃんは可愛い後輩だよ?心配して何がいけないのよ」
「ではそう伝えておきますわ。受験生はお忙しいでしょうから」
「別に忙しくなんかないよ。忙しいのは祥子でしょ」
両者一歩も譲らない。
見えない火花が散った時、蓉子がぽつりとつぶやいた。
「一緒に行く、って考えはないのね、二人とも・・・・・」
「このままじゃお見舞いに行く時間がなくなってしまうわね・・・・ねえ祥子、一つ提案」
「何ですか?」
「この際、先に祐巳ちゃんの家に着いた方に譲るっていうのはどう?」
「構いませんわ。でもどうやって先に着いたことを示すのですか?」
「どこか目立つ所にハンカチを結ぶっていうのは?」
「わかりました」
二人とも言うなり席を立ち、荷物をつかむ。そして挨拶もそこそこに部屋を飛び出した。
ものすごい階段の音を聞いていた江利子が、
「階段、壊れないといいわね」
と言うと由乃が
「お二人とも、祐巳さんの家の場所ご存知なのでしょうか?」
こくん、っと首をかしげる。
『あ』
全員の声が一致した。
由乃の思った通り、二人は祐巳の家を知らなかった。祥子は祐巳が降りるJRの駅まではわかるが、そこから先がわからない。聖に至っては電車通学ということしか知らなかった。
困り果てた二人だが、そこで諦めるような二人でもない。
次の瞬間、二人はどこかに向かって走り出していった。
祥子は、JRの駅まではわかっているのだから、と電話帳をめくっていた。同じ場所に同じ名字の人間が固まることはないだろうと思ったのだ。
予想通り、祐巳が使っているJRの駅付近には「福沢」は一軒しか載っていなかった。
勝利を確信した祥子は電話帳を閉じ、さあ出発と意気込んだ。
と、その時祥子の前に人影が立った。
「小笠原さん、丁度よかった。ちょっと手伝って欲しいんだけど」
「・・・・はい・・・・・」
その人は保健室の先生だった。薬品棚の整理の人手が欲しいと言うのだ。祥子はこの先生が嫌いではない。のんびりした雰囲気は祐巳を思わせ、その話し方は蓉子を思わせた。
「悪いわね。でも、助かったわ。あ、それは右の棚ね」
「いえ」
「さっき佐藤さんに、小笠原さんなら手伝ってくれるかもって言われたんだけど、本当ね」
「佐藤、さん・・・・・?」
消毒液を持った祥子の手が止まる。ひょっとしてその「佐藤」さんって・・・・・・・
「白薔薇さま・・・・・ですか?」
「そうよ。彼女、急いでたみたいだから頼まなかったんだけど」
(はめられた・・・・・!)
消毒液の瓶に少しヒビが入った。
そしてその頃。
保健室の先生に対祥子用アドバイスをした後、カメラちゃんを見つけて祐巳の住所を聞き出した聖はJRの駅構内にいた。
「これで祥子は大分遅れるはず・・・・・。ふっふっふ、三年生を甘く見るなよお」
電車が目的の駅に着いた。聖は駅を出るとカメラちゃんに教えてもらった道を行く。カメラちゃんは親切にも近道を教えてくれた。
「カメラちゃん、サンキュー」
上機嫌で聖は歩いた。
途中までは。
「え・・・・・?」
聖は足を止めた。止めざるを得なかった。
「嘘でしょう!?」
聖の目の前に「通行禁止」の看板が立ちはだかっていた。
今から引き返したのではかなりのタイムロスになる。かと言って目の前の道は通れない。
このままでは祥子に先を越されてしまう。
それだけは絶対に避けなければならない!
聖はくるりと向きを変え走り出した。
「カメラちゃんのアホ―!」
祥子と聖がもたついている間に、二人の人物が福沢家の前に立った。
「はい?あら、祐巳ちゃんのお友達?」
「同じクラスの者で藤堂志摩子と言います」
「山百合会の者で水野蓉子と言います」
二人は丁寧に「初めまして」と挨拶をする。
「水野さん、って紅薔薇さまの?」
「はい。ご存知なのですか?」
「祐巳ちゃんが山百合会の話をよくするから、ね。どうぞ上がって頂戴」
祐巳のお母さんは大喜びで二人を迎えた。
「紅薔薇さまに志摩子さん!?どうしたんですか?」
母親に呼ばれて階下にやって来た祐巳は驚いた。
「お見舞いよ、お見舞い。祐巳ちゃん、可愛いパジャマね」
「祐巳さん、具合はどう?」
「え?え?」
美人二人と幸せそうな自分の母親を前にした祐巳は、何が何だかわからなかった。
パニックな祐巳に蓉子が事の次第を説明した。
「はあ、そうだったんですか・・・・・。じゃあお姉さまと白薔薇さまは・・・・・?」
「さあ?どこかで足止めでもくらってるんじゃない?」
にっこりと蓉子が笑う。
祐巳はもう何も言わなかった。
薔薇の館には黄薔薇ファミリーが残っていた。
「大穴、蓉子と志摩子の大勝利・・・・・か」
空を見ていた江利子が楽しそうに一人ごちた。
聖が足止めをくらったあの看板が、蓉子によって置かれたことを知っているのは志摩子だけだった――
あとがき
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