「珍しいね」 背後から聞こえてきた、聞き慣れた人の声。 「お姉さま」 志摩子は視線をゴロンタから聖へと移した。 「いつもエサあげてるの?」 「いえ、今日はたまたまです。調理実習があったので」 「ああ、なるほど」 志摩子がゴロンタにあげていたのはカップケーキだった。 ゴロンタはおいしそうにカップケーキを食べている。 無言で聖と志摩子はその様子を見つめた。 と、食事を終えたゴロンタは聖へとすり寄った。 その様子を見て、志摩子が言う。 「ゴロンタは本当にお姉さまになついていますね」 「あれ、志摩子はゴロンタって呼んでるんだ」 三年生は「ゴロンタ」、二年生は「メリーさん」、一年生は「ランチ」。 それがこの猫につけられた名前だ。 「祐巳ちゃんはランチって呼んでたけど?」 同じ一年生である志摩子はなぜそう呼ばないのか。 普段からそう多くの事は話さない間柄でも、そのくらいの事は理解できる。 「お姉さまがゴロンタと呼んでいるからです」 「へえ。でもね、志摩子。ゴロンタが私にすり寄ってきたのは私になついてるからじゃなくて、ちゃんと理由があるんだよ」 そう言って聖が取り出したのは、いつか見た、カリカリのキャットフード。 それを確認したゴロンタがねだるように甘えた鳴き声を出した。 しかし。 「今日はもうだーめ。さっき志摩子にカップケーキ貰ったでしょ」 聖は手をゴロンタの前に出し、ストップのサインを出した。 そしてポケットにキャットフードを戻す。 「あげないのですか?」 「あげればいいってものでもないでしょう」 この子は野生だしね、と付け足した。 志摩子は少しだけ寂しくなった。 「今、自分とゴロンタを重ねたでしょ」 見透かしているかのように聖が言う。 志摩子はハッとした。 「どうして・・・・・」 「んー、どうしてだろう。別に志摩子が百面相してるわけでもないのにねえ」 頭をかきながら聖が続けた。 百面相、という言葉に志摩子は少し吹き出した。 どうしても、イコール祐巳という図式が頭に浮かぶからだ。 「お、笑った。そうそう、それでいいの。この子みたいに捨てる神あれば拾う神あり。何かあったって何とかなるよ」 立ち上がった聖はまだしゃがんでいる志摩子に手を差し出した。 聖の手に掴まって、志摩子も立ち上がる。 「お姉さまが神様だなんて、ちょっと愉快ですね」 「言ってくれるわね。ところで志摩子、あのカップケーキ、まだある?」 「・・・薔薇の館でお茶を飲みながらでもよろしいのでは・・・?」 「それじゃ紅薔薇さまあたりに没収されかねない」 冗談かと思えば、真剣な顔をしている。 志摩子は諦めて鞄を探った。 そして、カップケーキが二つラッピングされている包みを取り出して聖の手に載せる。 「どうぞ」 「わ、ありがとー」 包みを受け取った聖は今にも踊り出さんばかりだ。 「じゃ、行こうか」 聖はカップケーキを収めた鞄を持つのとは反対の手で、志摩子の手を取った。 「はい」 そして志摩子も歩き出す。 手を繋ぐ。 相手がそこにいないと出来ない行為。 聖なりの、愛情表現。 志摩子はわずかにほほえんだ。 |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||