water panic


 本日土曜日の午後の予定。薔薇の館にて、お茶会。
 二年生になったとは言え、あまり遅くに行くのは気がひける。それにどうせ時間をつぶすような予定もない。
 誰か先に来ているだろうか、と思いながら扉を開けるとそこにはすでに三名来ていた。

 三年生の二人はまだ来ない。
 「由乃さん、今日部活は?」
 「今日は三年生と顧問の先生だけで話し合い」
 「令さまも忙しいね」
 「みたいね」
 特にする事もなく、ただぼんやりと十分ほど時を過ごした後に。
 「あの・・・・・」
 「どうしたの、乃梨子?」
 「水が流れないみたいなんですけど――」
 どれどれ、とみんなが流しに集まった。
 「あ、ほんとだ」
 「何か詰まってるんじゃない?」
 「いえ、特に詰まってはいません」
 「じゃあどうしてかしら?」
 全員がうーんと考え込む。が、答えらしい答えは浮かばずに首を傾げるばかりだった。

 ”カチャ”

 その時扉が開き、祥子さまがやって来た。
 「どうかしたの?」
 全員で考え込んでいたから祥子さまが問いかける。
 「あ、いえちょっと水が流れなくて」
 「水が?」
 何だか面倒臭そうに祥子さまは流しまで行き、水の溜まっているシンクを眺めた。蛇口をひねって水を出してみる。そんな事をしても無駄だとは祥子さまとて分かっているだろうが、ただの気休めか、水が半分ほど溜まるのを眺めて蛇口を閉めた。
 「何も詰まっていないのね?」
 「はい」
 「水道管が詰まっているのかしら・・・」
 祥子さまは呟くと、それよりまずお茶が欲しいと言った。今日は天気がいいから、まずは喉を潤してから、というわけか。
 お茶を半分ほど飲んでから、祥子さまが指令を出す。
 「祐巳と由乃ちゃん、悪いけれど、他の水道を調べてきて」
 指名を受けた二人は「はぁい」と部屋を出ていった。

 調査隊二名は三十分ほどで戻ってきた。
 「ただ今戻りました」
 「どうだった?」
 「はい。校内を回ってみたところ、全部流れないというわけではないようです」
 「それから、調理室で家庭部と水道業者の方が話してました」
 二人の報告を聞いて、ふむふむと祥子さま。
 「じゃ、しばらく様子を見ましょう」

 祥子さまが「しばらく」と言ってから五分経ったか経たないか。流しの様子を見ていた乃梨子ちゃんが声を上げた。
 「あ」
 「どうしたの乃梨子ちゃん。水、流れ始めた?」
 「いえ、それが、溢れてるような・・・・・」
 「え?」
 みんなが慌てて集まった。見ると、ボコボコと結構な勢いで水が溢れてきている。早く何とかしないと床が水浸しになってしまう。
 「わ、どうしよう」
 「どうしようって・・・」
 さて、どうしようか。栓をしたって無意味だろうし・・・・・・。
 ・・・・・・・・水をすくって二階から捨てるか・・・・・?いや、ダメだ。
 人間、追い込まれた時にどうしていい考えが閃かないのか。ふと後ろを振り向くと、バケツと雑巾を準備している志摩子さんと目が合った。
 「志摩子さん・・・・・」
 「え?なぁに?」
 「準備、いいね・・・」
 そんな会話をしている間にも水はどんどん増えていき、ついに少しずつ溢れ始めた。
 「志摩子さん、出番!」
 すでにスタンバっている志摩子さんに声が飛ぶ。幸いにも溢れ方が微量だったので雑巾数枚で被害は抑えられる。
 「・・・止まった?」
 溢れ出る水は活動を停止したかに見えた。固唾を飲んで見守る一同の間に安堵の溜め息が洩れる。
 「止まったの?」
 少し後ろに控えていた祥子さまが前に出てきながら問いかけてくる。
 「あ・・・多分」
 ふぅん?と首を傾げつつ祥子さまがひょいっ、と覗き込んだ。
 三秒ほど見つめていただろうか。信じられない事が起きた。
 大人しくなったと思った水は力を溜めていただけなのか、突然ゴボッだか、ブホッだか分からない音を立てて吹き上げた。
 不幸にも祥子さまは顔面にその水を受けてしまった。そして追い討ちをかけるかのように祥子さまの制服の前面を濡らした。

 『あ』

 祥子さまを除く全員が思わず声を出した。
 ぐっしょりとまではいかないが、それでも一人しっとりと濡れてしまった祥子さまは怒りたくても怒れず、憮然とした表情で前髪を拭いている。

 そこに。
 ”コンコン”
 「はい?」
 扉の向こうには家庭部の二年生が立っていた。
 「祐巳さん、由乃さん、水道の件なんだけど、直ったわ。うちが油をそのまま流してしまったみたい。お騒がせしてごめんなさ・・・い?」
 彼女の言葉尻が変化したのは、室内の空気に気付いたからだろう。慌てて笑顔を取り繕って祥子さまが被害を受けた事を隠し通す。この場合は、彼女と祥子さま両方を気遣っての事。特に、祥子さま。”威厳ある紅薔薇さま”としてはこんな事態は知られたくないに違いない。
 「はぁ・・・・・」
 家庭部の彼女を何とかやり過ごし、くるりと回って改めて部屋の様子を見ると、何とも言えない空気が漂っている。
 水をかけられたのが祥子さまでなかったら、まだ笑って済ます事もできたのに。黙々とハンカチを当てている祥子さまと、流しの回りを拭いている乃梨子ちゃんを見ながら、二年生三人は気まずそうに顔を見合わせた。

 と、扉が開いた。
 「由乃、お待たせ」
 「あ、令ちゃん」
 「・・・・・何か、あったの?」
 入ってきた令ちゃんは部屋の中の様子を見て疑問顔になった。
 「ううん、大した事じゃなかったから。さ、帰ろ」
 「う、うん・・・・・・」
 令ちゃんが来た事を理由に私はこの場から去ろうと決意した。この場に居続けるのは心臓に悪い。もっとも、手術をしたので丈夫にはなっているので、物の喩えというやつだ。
 「じゃあ私達は今日はお先に失礼します」
 令ちゃんと二人で並んでペコリと頭を下げる。顔を上げた時に祐巳さんと目が合った。
 (う、裏切り者〜)
 (ごめん、祐巳さん。後よろしく!)
 (えええええ〜!!)
 泣き出しそうな顔をした祐巳さんと動じていなさそうな志摩子さんや乃梨子ちゃんを残し、私は令ちゃんの腕を引っ張って部屋を出た。

 「よかったの?」
 「何が?」
 「いや、だから・・・」
 どうやら令ちゃんは薔薇の館に残してきたみんなを気にしているようだ。まあ、それはそうだろう。
 「いいの。明日祐巳さんから話聞くから、それから令ちゃんに話すね」
 「うん・・・・・」
 私は渋々納得した令ちゃんの手を握った。
 「早く帰って一緒にお茶しよう」
 ね?と笑うと令ちゃんが赤くなった。令ちゃんは反応が分かりやすいから面白い。
 手を繋いで帰っていたら、ふと困り顔の祐巳さんを思い出した。

 明日学校に行くのがとても楽しみだ。




あとがき


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