ある夏の午後、それまでの静けさを切り裂くような声が玄関に響いた。


「ただいまーっ!」


いつもと変わりないことだ。特に、小学校が夏休みに入ってからは。


「ねー、みちるママー?」


家の奥に進みながらほたるは声を張る。
せつなに「行儀が悪い」と窘められるかもしれないが、今だけは譲れなかった。

呼んでも姿を見せないみちるに痺れを切らしたほたるがみちるの部屋のドアノブに手をかけた時、スイッと扉が内側から開いた。


「おかえり、ほたる」
「あ、はるかパパ。ただいま。ね、みちるママ、いる?」
「みちるは部屋にいるけど・・・」


はるかは言うと、部屋に駆け込みそうな勢いのほたるの襟首を捕まえた。


「みちるママは今寝てるから。あっちの部屋でパパと話そう?」
「はるかパパ、またみちるママのへやでねてたんでしょ。ずるい」


ぷくっと頬を膨らませたほたるを、どこか困った様子で見つめるはるか。
ほたるの小さな身体をひょいと抱き上げるとリビングに向かって歩き出した。



グラスにジュースを注いでほたるの前に置くと、半分を一気に飲み干してからほたるは言った。


「すいえい、おしえてもらおうとおもったの」
「ん? ほたるは泳げないの?」
「ちょっとならおよげるんだよ!でも・・・」


俯いて、ごにょごにょと「息が続かないもん・・・」とほたるは言う。
その姿はどこにでもいる小学生の姿で、微笑ましい。


「大丈夫、すぐ泳げるようになるさ」


ポンとほたるの頭を軽く叩いてはるかは微笑んだ。気休めでもなく、本当にそう思ったから。


「それにしてもほたる、随分焼けたなあ。真っ黒だ」


以前のほたるは病的なまでの白さだった。
あの時に比べると、同じ魂を持っていてもこんなに違うのかとある意味感動すら覚える。


「はるかパパが白いんだよ。いっつもおうちにいるから」
「うーん、いっつもじゃないんだけどな」
「あ」
「どうしたんだい?」
「はるかパパ、ここ、赤い。いたいの?」


え? っと近くの鏡を引き寄せて確認すると、鎖骨の下辺りに薄っすらとみちるが残した痕が。

やられた、と言わんばかりに少し苦い顔をしたはるかだが、気を取り直すと膝の上にほたるを乗せた。


「そうだ。今度、みんなで海に行こうか」
「ホント!? いきつぎおしえてくれる?」
「もちろん。泳げるようになったらパパと競争しようか」
「うん、いいよ」


はるかパパには負けないもん、と可愛らしくもはっきりと宣戦布告をするほたる。

はるかは、膝の上でばたばたと暴れる小さな身体を支えながらするりと自分の鎖骨を撫でた。

海に行く前に一度泳いでおかないとなあ、等と思いつつ。






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