初詣


 元日の神社というものはどこも混み合うものだ。その混雑の中に、鮮やかな着物を着こなしている一際目を引く美人が立っている。その隣にはスーツを着た長身の人物。みちるとはるかだった。

 「ほら、はるか。ネクタイ歪んでるわよ」
 みちるが手を伸ばし、形を整える。
 「ああ、ありがとう、みちる」

 笑顔でお礼を言ったはるかだが、内心疲れ果てていた。和装にしないで本当によかったと思いながら人込みを歩く。みちるは閉口気味なはるかの様子から、はるかが疲れていることに気づいていたが何も言わなかった。もう少し、このお正月気分に浸っていたかったから。

 はるかは元々人込みが嫌いなのだが、みちるが「初詣に行こう」と誘った時に反対をしなかった。この混雑を予想できなかったのではない。十分予想した上で賛成したのだ。
 理由は二つ。みちるがこういった行事が好きだからだ。みちるが喜ぶのならと思うと、人込みなど大した問題ではない。
 もう一つは、みちるの和装姿が見たいという願望があったからだ。コンサートの時やパーティーに出席する時なのでドレス姿は何度も見ているが、着物を着る機会はこんな時でないと滅多にない。もちろん、この理由はみちるには言わない。何と返されるか分かったものじゃない。

 来てよかった。疲れているものの、はるかは内心満足したいた。

 お参りを終えたみちるとはるかは人波を掻き分けるようにしてその場を離れた。が、休む暇もなくみちるが動き出す。

 「みちる?」
 「おみくじ引かなくちゃ」

 子供のような顔をした言うみちるを見てはるかは笑みをこぼした。そして歩き出す。みちるの少し後ろを歩いていると、みちるのうなじが目に入る。白く透き通るようなみちるの肌。ドレスの時の方が露出が多いのに、何故かドレス姿よりも色気を感じる。普段は髪に隠れているうなじが、今日は結い上げているので露になっている。
 それは、ひどくはるかを誘っていた。

 表情や仕草、全てが艶っぽく感じられ、思わずはるかは手を伸ばしかけた。慌てて自制する。けれど、視線が再びうなじに向く。それが身長差のせいだけではないことは自覚できた。
 はるかは心の中で「まいったな」と苦笑した。


 巫女姿の子からおみくじを受け取ると、端に寄って中を見る。
 「あら、大吉」
 「中吉」
 みちるが自分のおみくじをはるかに見せて笑った。はるかがさっと目を通すと、なるほど、大吉というだけあってどの項目にも良いことが書かれている。それから、自分のおみくじに目を通した。
 「恋愛。新しい出会い有り」
 するとみちるが反応した。
 「あら、さっそく当たったわね」

 その言葉にはるかが凍りつく。先程おみくじを渡してくれた子が可愛かったのでつい軽く手を握ってしまったのだ。最も、それは海外へよく行くはるかにとっては挨拶のようなものなのだが。

  「…見てたの?」
 「もちろん」

 はるかに他意はない。それはみちるもわかっている。が、わかっているからといって妬かないわけではない。はるかがそういう行動をした時は、みちるは必ずその事をつついた。
 「あれは、何でもないんだ。ただ、つい癖で…」
 あたふたとはるかが弁解を始めた。そんなはるかを見てみちるはふふっと笑った。はるかをからかうと面白い。それに。

 「本当だよ。僕は、みちるが一番…」

 それに、みちるが喜ぶ言葉をくれる。けれどみちるははるかの言葉を遮った。
 「冗談よ。ありがとう」
 少々間の抜けた顔をしているはるかの手を引いて、みちるはおみくじを木に結んだ。はるかもそれに倣う。
 梅の木に白いおみくじの花が二つ、咲いた。


 たこ焼きやとうもろこしの屋台を眺めながら歩いていたはるかが、思いついたようにみちるに訊ねた。
 「そういえば、みちるはさっき何をお願いしたの?」
 「ふふ、内緒」
 「何だよ、それ」
 「りんご飴買ってくれたら教えてあげる」
 「…わかりました。本当に、みちるには敵わないよ」
 はるかからりんご飴を買ってもらったみちるは、少女のような顔で笑った。そんなみちるを見てはるかも笑う。

 「で?何をお願いしたの?」
 するとみちるは真剣な表情をした。
 「本当に、わからない?」
 真剣な瞳ではるかを見つめる。
 はるかはみちるの瞳を覗き込んだ。そして、息をつく。
 「…僕も、同じだよ」
 静かに告げた。


 神様など信じているわけじゃない。そんな二人がいるかどうかもわからない物にさえ祈ってしまうことと言えば、ただ一つ。自分の愛する人の幸せ。

 はるかの言葉にみちるは幸せそうに微笑んだ。はるかがみちるの手を取った。
 「今年もよろしく、みちる」
 「こちらこそよろしく。はるか」
 みちるが、その手を握り返した。そして二人は寄りそうように歩き、人込みの中に紛れていった。


あとがき




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