「天才ヴァイオリニスト?」

 初めて聞いた時は正直関心なんて湧かなかった。
 ちょっと期待されてる新人に、大層な冠をつけるのは毎度のことだ。

 そんなわけで顔も名前も覚える気のなかった僕のところに、船上パーティーの招待状が届いた―――――



 パーティーの招待状をどういう基準で出したのか知らないけど、きっと僕が最年少だろう。
 見知った人もいない。会話をしてみたい人もいない。

 (もう、ここにいる必要はないな)

 早々に見切りをつけた僕は、「天才ヴァイオリニスト」が演奏している間に席を立った。



 階段で破滅の絵を見つけた。
 僕が未来のスポンサー探しの為に出席したパーティー会場でこんな絵を見ることは、なんだかとても皮肉めいている。
 未来はないのか。世界は終わるのか。
 思わず言葉を発した時、僕の名前を誰かが口にした。



 初めて認識した「天才ヴァイオリニスト」の彼女は、大人の女性の色香をひどく匂わせている中学生だった。
 そうさせているのは何なのか、はっきりとは分からない。
 けれど、いくつか言葉を交わして、彼女が何か大事なことを抱えていることは分かった。



 ―――苦手、かもしれない。
 得体の知れない「包容力」。それを強く感じる。だから、苦手。

 その苦手な彼女と出会う機会は何故か多かった。
 あまりに僕に干渉するのである時苛立ちをぶつけてしまった。

 「君の事情は知らない。でも、どんな事情があるにせよ僕を巻き込まないでくれ」
 「知らないんじゃない。あなたは、知ろうとしていないだけ」
 「・・・知ったところで、僕の気が変わるとでも?」
 「変わるわ。―――嫌でもね」

 ひどく哀しく彼女は言った。




 それでも僕は彼女の事情を知ろうとしなかった。
 ただ、知らなくてもいいから話し相手になってという要求は呑んだ。
 どうしてだか、分からない。けれども僕は毎週のように彼女に会いに行く。
 僕と彼女の歯車が噛み合うことはなくても。



 彼女は無邪気だ。ヴァイオリンを持たない彼女は、年相応の女の子でいられる。
 でも、彼女は時々、怖いくらい違う人になる。

 いつだっただろう。彼女が怪我をしていることに気付いたのは。
 深い傷ではないのだけど、小さな傷を無数につくることがあった。
 傷がなくても、部屋の中に手当てをした痕跡が残っていたりする。



 「・・・最近怪我してるみたいだけど、大丈夫?」
 「―・・大丈夫よ。ありがとう」
 「ならいいんだけど・・・君がそんなになりながらやってることは、何?」

 尋ねると、彼女はひどく狼狽した。
 何かを言おうと口を開いて、結局睫毛を震わせて目を伏せた。


 この人は何を隠しているのだろう。
 そのしなやかな指や、陶磁器のような白い肌を傷つけて。
 憂いを秘めた表情を盾に誰も寄せつけず。




 守ってやりたい。
 この人を。



 漠然とそんなことを思うようになったのは、一体いつからだったろう。
 同い年であるはずなのに、年上のような、静かでどこか物悲しい瞳をして彼女が僕を見る時、置いて行かれた気持ちになる。
 僕じゃ君の力になれないのかな。
 聞きたくても聞けない、言いたくても言えない、それはきっと禁断のフレーズ。








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