みちるは今頃演奏中かな、と思いながらはるかが歩く。いつもならば会場の隅の方でみちるの奏でる音色に心を傾けるはるかだが、今日は違った。
北海道の静かな大地も好きだが、火山帯であるこの辺りの大地にもはるかは惹かれた。生命力に溢れた力強いこの大地を歩いてみたいと思った。
最初はみちるも一緒にと考えていたのだが、演奏後では疲れているだろうと思い結局一人で来た。今現在歩きながら、やはり一人で来て良かったとはるかは思う。足元はなだらかとは言い難いものだし、所々に馬の糞があったりと、草千里という名の割に地肌が剥き出しになっているこの地はみちるを歩かせるのがためらわれる程にロマンティックさに欠けていた。
暖かい風がはるかの頬を撫で、髪を散らす。そしてそれは服の間から入り込み、駆け抜けていった。
目を閉じて全身でそれを感じる。
澄み渡る空と広大な地に立っている自分の姿を頭の中に思い描くと、最近はすっかり忘れていた感情が沸き起こる。
風になりたい。時に荒れ、時に優しく吹く風に。誰からも束縛をされず、何者にも捕らわれることのない自由な風が羨ましくて、強く憧れを抱いた。すぐに消えてなくなってしまう儚い存在だとしても、風になれるのであれば今の生活を捨ててもいいと思えた。
風が強くなった。
今はるかが感じているのは風の声と大地の息遣いだけで。その他の物は一切存在していなかった。
感覚を地面から切り離し、空を駆ける風に想いを馳せる。意識を寄せる。
はるかの中で自分という存在がひどく希薄な物となった時、不意に意識を呼び戻された。それは空を飛ぶ者を無理矢理地面に引き摺り下ろす物ではなくて、どこまでも優しく温かな物だった。
みちるがいつの間にかはるかの背後にやってきて、はるかを抱き締めていた。はるかはみちるの気配を全く感じなかった。それ程までに風と一体になっていた。
「みちる……どうした?」
何か他にかける言葉があったかも知れない。が、今のはるかには思い浮かばなかった。
消え入りそうな声でみちるが呟く。
「はるかが、消えていってしまうかと思った…」
みちるの言葉にはるかはどきっとした。正にその通りだと思った。
腹辺りに回されたみちるの腕にはるかは手を重ねる。少し冷たい。どうやら汗を拭くのもそこそこに、演奏を終えてすぐにここへ来たようだ。
たまらなく愛しくなって正面からみちるを抱き締める。
「僕は消えないよ。君がいる限り」
囁きは風に飲み込まれた。みちるが「なぁに?」と訊くが、はるかは少し笑って「何でもない」と言いみちるを解放した。
「戻ろうか」
はるかは手を差し伸べた。はるかと地上を繋いでくれる、唯一の存在であるみちるへ。
二人で手を取り合い、歩く。
二人が出会えた大地の上を。
end
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