女神

 今日、突然レースへの出場が決まった。チームの先輩が怪我をして出られなくなり、運良くはるかに回ってきたのだ。
 今度の250ccクラスへは初参加になる。
 おまけに、マシンはその先輩に合わせている。はるかがいつも使っているタイヤとは違う物を履く。あと一週間で一体どれだけ使いこなせるだろう。
 正直な話、不安が募る。
 明日からハードスケジュールになるなと思った時、今日はみちるに会っていないことを思い出した。昼からずっとマシンを触っているのだから、当然か。今日は平日、彼女は学校に行っているはずだ。

 みちるはレースをよく見に来てくれる。けして暇ではないだろうに、都合をつけて来てくれるのだ。
 しかし、はるかは未だみちるを観戦に誘ったことはなかった。はっきり言って、屋外を好まないであろうみちるには退屈だろうと思ったのだ。
 それなのに、いつも楽しそうに見に来てくれるので、一度聞いてみたことがある。

 「暑くてうるさいし、オイルの匂いとか気にならないの?」
 「そんなの、もうとっくに慣れてるわよ。私ははるかを見るのが好きなの」
 「僕?」
 「そう。はるかの走る姿が好き。それともなぁに?私が見に行くとうまく走れないとでも言いたいのかしら?」
 「とんでもない。ただ、君に相応しい場所じゃないと思って」
 「そうかしら?とにかく、私ははるかが走る姿を近くで見ていたいの」

 その時の会話を思い出したはるかは、ふと、みちるを誘ってみようかと思った。
 みちるが見に来てくれた時はいつも調子がいい。マシンも自分も、最高のコンディションで走れた。
 多分、情けない姿を見せたくないという思いが働くのだろう。そのことを思い出し、今回はみちるを誘ってみようという気になった。彼女が見ているということを意識すれば、少しは違ってくるに違いない。

 時間を確認してから電話を取って、短縮ボタンを押す。
 すぐにみちるの声がした。
 『珍しいわね』
 そう言われて、そうかな、と少し考える。まあ、確かにみちるに電話することなんてあまりなかったかもしれない。
 用件を伝えると、彼女は一拍置いてから返事をくれた。
 『でも、どうしたの?』
 『あ、ああ・・・』
 はるかは経緯を簡単に話し、さっきまで考えていたことを口にした。口にしながら、何となく恥ずかしくなった。なんだかこんなことを言うのは、レースで情けない姿を見られることとあまり変わらないような気がした。

 『あなたでも緊張することがあるのね』
 微かに笑いながらみちるが言う。はるかは「そりゃあね」と苦笑いした。
 それから一言、二言話して電話を切った。
 みちるを誘うことに少なからず緊張していたのか、受話器を置いてから思わず深呼吸してしまった。それでもみちるの了解が得られて安心した。

 はるかは出場が決まった時以上に気合いを入れた。

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