賑やかな雰囲気のあるバーの一角に、人だかりができていた。
人々が囲んでいるのはビリヤード台だ。
台を挟んで、二人の人物が向かい合っている。
残っているボールは二つ。少し色素の薄い髪の人物が、二つのうち白い方のボールにキューを寄せる。
かなり難しいコースだ。
カツン
白いボールにわずかに弾かれたボールはゆるゆると進み、ポケットに落ちた。
次の瞬間、周囲の人々は拍手と賛辞の言葉を贈った。
先ほど見事ポケットにボールを収めた人物の元へもう一人が歩み寄り、
「さすがだな、はるか。お前さんにはかなわねぇよ」
と言って肩をすくめた。
「まだまだ、マスターには負けないさ」
先ほどの人物、はるかは言って笑みをこぼす。
「よく言うぜ」
「それよりマスター、約束は守ってもらうからね」
「わかってるよ」
このバーのマスターである彼はカウンターに入ると「ほらよ」とはるかにグラスを差し出した。
二人は酒を一杯賭けていた。
「サンキュ、マスター。また今度勝負しようよ」
「冗談じゃねえ。当分お前とはやらねぇよ」
はるかは「はは」と笑うとグラスを持って再びビリヤード台へ向かった。
その時店のドアが開き、一人の人物が入ってきた。
はるかは気づかなかったが、マスターはその人物に気づくと親指で奥の方―――ビリヤード台のある方を示した。
示された人物であるみちるはお礼を言ってそちらを見やった。
ちょうどはるかがブレイクショットをした所だ。
みちるははるかに声をかけずに眺めていた。
はるかは台に腰掛けてキューを構えている。
真剣な眼差しでボールを見つめるはるかの姿は、実に様になっていた。
大抵の事はその気になればその道のプロに負けないくらいに上手にこなしてしまうはるかだが、
飽きっぽい性格のためにどれもちょっとかじったくらいでやめてしまう。
それが、みちるには惜しかった。
才能はあるのに、勿体無いとみちるが口にした時、はるかは少し考え実にあっさりと言った。
「でも、僕はモータースポーツが好きだから」と。
幾度目かのショットのためにはるかが場所を移動した。ちょうどみちるの正面にあたる。
「あれ、みちるいつ来たの?」
「少し前よ」
「なんだ、声掛けてくれれば良かったのに」
少々苦笑いしながらはるかは先ほどマスターから勝ち取った酒をみちるに手渡した。
「あら、これは?」
「今日の戦利品、かな」
おどけるはるかにみちるも笑う。
「また勝負したの?やめてあげなさいよ。そのうちお店が潰れちゃうわ」
「みちるは僕が勝つって信じてるんだ?」
「事実でしょう」
みちるとの会話を楽しんだはるかは、再びキューを構える。
今まで一つづつ落としていたのを、二つ同時に落としていく。
プロのハスラーでさえ決められるかどうかというショットを、はるかはいとも簡単に決めていく。
そして最後の一つをわざと難しく打ち、ポケットへ落とした。
「ナイスショット」
くるりとキューを回しながら、はるかは自分でそう言ってみちるに笑顔を向けた。
今のショットを見せられたみちるは、やはり言わずにはいられなくなった。
「はるか、自分の能力を伸ばそうとは思わないの?」
しかしはるかは少し笑うと、
「いいんだよ。こういうのはたまにするから面白いんだ」
そう言って店のドアに向かう。
途中、はるかの後を追ったみちるを振り返り言葉を続けた。
「それに、僕はモータースポーツをやってる僕が好きなんだ」
以前とは少し違った答えを返すはるかの瞳は、生き生きと輝いている。
その瞳を見たみちるは、もうはるかにこの話をしない事を決めた。
それから、バイオリンもさせないでおこう、と密かに決心した―――――
あとがき
・・・ビリヤードをさせたかっただけです、はい。
絶対似合うと思うんですけど・・・(笑)
週一更新するとか言いつつ、すでにやばかった・・・
基本的に更新は夜の十一時過ぎにやってます。
ので、日付が変わる直前に見ると更新されてると思います。
あと二つ、いけるかな?
たぶんあと二つも日曜日の夜十一時過ぎに更新すると思います。