お城に囚われたお姫様 迎えに行くよ ラプンツェル 今年、私は二十歳になる。その関係で数年振りに実家に戻ることになった。 とは言ってもバースデーパーティーがあるほんの数日の間だけなのだが。 十五の時からなんだかんだ好き勝手した私に出来る、両親への些細な罪滅ぼし。 出発する日の朝、駅まで送ってくれるというはるかが私の姿を見て意外そうな声を上げた。 「荷物、それだけ?」 「ええ。着替えなんかは向こうにあるし、バイオリンもいくつかあるから」 ほんの少しの小物を詰めたバッグを持ち直して答えると、はるかは「ふぅん」と頷いて車のドアを開けてくれた。 一緒に改札を抜けてホームまで上がったはるかが心配そうに私を見た。 「…じゃあ、気をつけてね」 「大丈夫よ。一人で行けるわ」 「そうなんだろうけどさ。やっぱり心配だな」 心配性なはるかに困った笑みを返す。 はるかが心配しているのは、彼女も数日間出掛けるからというのが理由だと思う。 はるかの予定は私の帰郷よりずっと前から決まっていて、今更変更は効かない。 何でも、新作のエンジンのテストをする予定だとか。はるかはこの春に久しぶりにテストドライバーとして召集されて、もうずっと忙しそうにしている。 生き生きとした表情で忙しい毎日を過ごすはるかを見るのは私も楽しい。 だから、我が儘なんて言えなかった。 行くなと本当は言って欲しかったなんて。 実家に戻って五日。 思ったよりも逗留が長引いている。 両親の、特に父の顔を立てるためとはいえ、もう限界だ。 今夜も客人が招かれてはいるが、私は気分が優れないと理由付けて一足先に切り上げた。 自室でシャワーを浴び社交辞令の疲れを取り、スキンケアを終わらせて、つと時間を見るもまだ九時半。 あと一時間はしないと客人は帰らないだろうし、それまで部屋から出られない。 いっそもう寝てしまおうか。 そう思いながらバルコニーに通じる扉を薄く開け、夜風を招いた。 冷たい夜風に乗せて、甘い匂いが鼻孔を擽った。 「………?」 部屋の近くにある木はどれも花をつけない種類の物だった筈。 一体何の香りなのか、好奇心から夜着のままするりと足を踏み出した。 微かに流れてくる香りを追うと、一本の木に視線が止まった。 見つめる先で枝葉を揺らし、不意に現れたのは最愛の人。 ―――なんて所から現れるのだろう。 完全に虚を突かれた私に、もうずっと離れていたかのような懐かしい微笑みを浮かべたはるかが手を差し出した。 「迎えに来たよ、お姫様」 はるかの腰にしがみついて風を切っていると、また、薫った。 心地良い香りに思わずうっとりする。 目を閉じれば違う場所に居るような錯覚に囚われて、そこにはるかの姿が見えず現実に還る。 帰路の途中、缶コーヒーで休憩を取った。 「あ、そうだ。はい」 誕生日プレゼント。そう言って目の前に差し出されたのは、小さな小さな巾着袋。 「匂い袋…?」 「二十歳のお祝いには子供っぽいかもしれないけど…」 はにかみながら笑うはるか。 近くで嗅いでみてもそれはさっきとさほど変わらない仄な香りを届けてくれる。 「これ、金木犀ね」 袋の中身を零さないように掌で包み込むように持ちそっと紐を緩めると、懐かしい橙の花がティースプーン一杯程入っている。 「今は季節じゃないのに…どうしたの?」 「みちるにあげたくて、前に作ったんだ」 結構ロマンチストなはるかにお礼を述べ、もう一度近くで嗅いでみる。 金木犀に混じって僅かに感じるはるかの匂い。 煌びやかな高価な贈り物よりも、ずっと価値のある物。 いつか香りは消えてしまうだろう。 それでも、私には大事な物。 「早く帰りましょう、はるか。寒いわ」 「何だい、それ。厭味?」 バイクで迎えに来たはるかがほんの少し情けない顔をして言う。 「そうかもね。早く熱いシャワーを浴びたいの」 「はいはい。仰せのままに」 「…一緒に浴びる?」 「―――――え」 慌てたはるかが落とした空き缶の音が、ひどく大きく夜の闇に響いた。
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