はるか。

 殆ど声にならない小さな声で呟いた。
 唇なんて動いていない。口の中でそっと呟いただけのこと。
 それでも。
 「何?」
 やさしい顔であなたは振り向いた。

 「呼んでないわよ」
 ちょっと笑って白い息と軽い嘘を吐く。
 「嘘だ。絶対呼んだ」
 確かに呼んだけど。でも絶対聞こえてなかったはずなのに、何の確証があってここまで言い切るのだろうか、この人は。
 「聞こえたの?」
 一歩。私より少し前で立ち止まったはるかに近寄った。
 「もちろん」
 はるかがポケットに手を入れた。もう半歩近づいて隣に並び、その腕に自分の腕を絡めた。
 「どうして」
 「みちるの声なら例え地球の裏側にいても聞こえるさ」
 冗談なのか本気なのか。時々分からないことを言う。

 「じゃ、試してみようかしら」
 「え?」
 「今度行くことになったから」
 「どこに?」
 「地球の裏側」

 さらりと告げるとはるかが目を丸くした。驚くのも無理のない話だ。私だって昨日聞いたばかりなのだから。
 でも、はるかが驚いてくれて良かった。行ってらっしゃい、とあっさり言われてはあんまりだ。
 「え? え? ホントに?」
 驚きすぎてすっかり足を止めてしまったはるかを引っ張る様にして歩みを再開させる。
 「今度のアルバムの写真をね、撮りに行くの」
 「・・・裏側に?」
 まだ信じられない、という表情で私を見つめ返すはるか。そんな顔されても行くのは本当、そして、あまり行かない方面だから実は少し楽しみだったりもする。
 「向こうで呼ぶから」
 もう今更冗談だ、なんて言わせない。そういう意味を込めて言ってやったら。
 「ぅ・・・えぇっと〜・・・」
 いきなり弱気に唸るはるか。嘘でもいいから強気な態度に出て欲しいと思っていた私は僅かに腹を立てた。
 自分から絡めていた腕を、同じく自分から解いてはるかを置いて早足で歩く。
 「あ、みちる」
 はるかが追いかけてくる足音が聞こえる。
 「いいよ、呼んで」
 手首をやんわりと掴まれた。はるかの方が足も長いし歩幅も大きいからすぐに追いつかれてしまう。
 「絶対分かるから」
 少し上から優しい声が降ってくる。目線を上げて上目使いにはるかを見ると、真剣そのものな表情をした顔があった。
 「・・・・・」
 軽く睨みつけていたのだが、疲れたからやめた。
 無言で再度はるかの腕を取る。
 「分からなかったら帰ってきたときひどいからね」
 ぐいぐい引っ張っているつもりなのに、余裕でついてくるはるかがちょっと憎たらしい。
 ひどいからね、と脅したつもりなのにはるかが嬉しそうに笑った。

 「仰せのままに。お姫様」

 やたら自信に満ちたその顔を見たら、本当に向こうで呼んでもこの人には聞こえるんじゃないかという気がしてきた。
 弱気になったり変なところで強気になったり、とらえ所のない人だけれど、私の期待を裏切ることは絶対にしない人だ。
 もしかしたら。

 はるかの顔を見つめる。

 「? 何?」

 瞳を覗き込みながら、束の間逡巡する。
 ―――私は自分で思ってるよりもはるかのことを好きなのかもしれない。

 まだ疑問に感じているはるかには教えない。
 だって、聞こえないはずの声すら聞きとってしまうんでしょう?
 だったら、気付いてみせて。

 私はただじっとはるかを見つめた。









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