水の中にいる時だけが心安らぐ瞬間だった。 真綿に水が染みていくように身体が水を欲しがった。 水は私の一部であり、私は水の一部だ。 水は驚く程優しく私を包む。 エクスタシーすら、感じる程に。 そしてそれは。 この上ない、至福。 …………… ……… … 「みちる」 水底から見上げる水面は光を受けてキラキラしていて、その向こうに映った人影もキラキラと光っていた。 ―――いいえ、違う。 この人は何もなくても光を放つ人。 遥か上空から、昏い海の底まで届くような、そんな強い光を。 その光が眩しくて、私はいつも目を細めてしまうのだ。 「みちる」 もう一度、耳に心地良いアルトが私の名前を呼んだ。 そこで私はようやく陸で待つその人に向かって浮上した。 「今日は来ないんじゃなかったの?」 「予定が変わってね。迷惑だった?」 「いいえ」 一言そう返すと再び潜る。 耳の横でとぷん、と音がした。 誰よりも大空の加護を受け風に祝福されているのに、誰よりも自由に飛ぶことが出来ない人。 原因は恐らく私。 今のあの人を縛り付けるものなど一つしかないだろう。 つまり、私との関わり。 それさえ無ければどこまでも自由でいられるだろうに。 私は、空の王者をこれ以上ない残酷な足枷をもって繋ぎ止めているのだ。 時々足を動かしてそれによって生じる水の動きに体を任せていると、端の方で違う力が加わった。 計算されていない方向から押し寄せる波に、僅かに体が揺れる。 後方から追い付かれた。 水に踊る少し長い前髪から覗く淡いブルーの瞳と目が合い、思わず見入ってしまう。 ―――なんて綺麗なのだろう。 急に息苦しくなって慌てて酸素を求めた。 私が顔を出すと一メートル程間隔を取ってその人も顔を出す。 そして、「大丈夫?」と問いかけてきた。 私は、何が、と聞き返すと濡れた髪を払って二、三度目を瞬かせた。 「水に憑かれたみたいだ」 憑かれた、という表現が新鮮でそれに答える代わりの言葉を紡ぐ。 「―――びしょ濡れ」 「偶にはいいさ」 私の手首を握り口元を綻ばせると、繋がった箇所だけが僅かに体温を上げた。 「お腹空いた。何か食べに行こうよ」 あなたは自ら羽を濡らす。 愚かで優しくて愛しい人。 |
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