戦う理由は

 「はるか!」
 はるかに駆け寄ろうとしたみちるに鋭い声が飛ぶ。
 「みちる、来るな!こいつは今までのやつらとは違う!」
 敵の攻撃をなんとかかわしながらはるかが叫ぶ。二人が同じ場所にいるのは危険だ―――はるかの本能のようなものが叫んだ。

 突然現れた敵に二人は完全に虚を突かれた。変身する間もなくあっという間に追い詰められ、はるかは吹き飛ばされた。何とか体勢を立て直してはるかがロッドを構える。
 「ウラヌス・プラネットパワー・・・」
 光が消え、一人の戦士が現れた。一気に間合いを詰めて敵の懐に飛び込む。そしてそのまま間髪入れずに攻撃を叩き込んだ。

 みちるは息を飲んだ。
 今が戦闘中だということは充分すぎる程分かっているのだが、それでも、いや、だからこそ見惚れた。
 戦士の中でもトップクラスの格闘センスと運動能力を持つウラヌスの動きには、無駄なものは全くなかった。攻撃から攻撃へ、流れるように滑らかな動き。みちるの目にはウラヌスの動きはまるで舞踏のように映った。
 「スペースソード・・・」
 ウラヌスのタリスマンが出現した。その声にみちるがハッとして変身した。海の戦士が現れる。
 「ディープ・サブマージ!」
 敵の死角から技を放つと、仕留めることは出来なかったが注意を向けさせることは出来た。
 ウラヌスがその隙を逃さず駆け出す。人体の急所の一つにスペースソードを突き立てた。この怪物に効くかどうか、可能性としては五分五分だった。
 人型の怪物は少しよろめいただけで、致命傷には至らなかった。
 「ダメか!」
 ウラヌスが小さく吐き捨てる。
 「ワールド・・・シェイキング!」
 光球とワンテンポずらして後に続く。直撃した次の瞬間、タリスマンを回収したウラヌスは怪物の胴と首を切り離した。
 血が吹き出す。
 吹き出した血は、赤かった。

 「ウラヌス・・・?」
 ネプチューンが呼ぶと、鮮血に染まったウラヌスが静かに立ち上がった。
 「・・・・・・」
 「大丈夫だった?」
 「あぁ・・・どこも怪我はしてないよ」
 血を拭うでもなくただ残骸を見つめながらウラヌスが言う。やがてその残骸は消滅した。
 「どうしたの?」
 「え・・・?いや、こいつの血は赤かったのに、人間じゃないんだよな・・・って」
 ウラヌスの言葉で、ネプチューンの脳裏に古いビジョンが浮かんだ。
 荒廃した大地、幾つもの死体、そして佇んでいる人物―――
 「――ウラヌス・・・」
 これは前世の記憶だ。瞬間的にネプチューンは悟った。



 いつになく集団でやって来た侵入者の対応に、外部の三人の戦士は集まった。
 「敵は間もなくこの地に差し掛かります」
 「どんな奴らなんだ?」
 「分かりません」
 「見てのからのお楽しみというわけね」
 およそ戦いの前らしからぬ口調のネプチューンに、ウラヌスが苦笑した。
 「まあ、そうだな・・・・・来たぞ」
 険しい目つきで前方を見据える。果てなく続く漆黒の宇宙空間に、幾つもの動くものが確認できた。
 「あれが、侵入者・・・」
 プルートが低く呟いて構えた。
 唸りをあげて白き月を目指す侵入者たちに、ネプチューンが牽制の攻撃を放った。肉眼ではっきりと相手の容姿を確認出来るようになった時、ウラヌスが驚きの声をあげた。
 「人間!?」
 向かってくる集団の姿は外部の戦士のそれと同じ人型だった。

 「ウラヌス、彼らは敵です!」
 同じ人型ということで攻撃を躊躇っているウラヌスをプルートが叱咤する。各々複数の敵を相手にしていた。確実に数を減らしていくプルートとネプチューンに対し、ウラヌスは攻めに出れないでいた。
 「だけど・・・!」
 迷いのある動きは隙を生んだ。交わしきれないと察知してウラヌスが身を守ろうとしたとき、周囲の敵が消滅した。
 「彼らは王国に危害を加えようとしている、侵入者よ。私たちはあの王国を、クイーンを守ることが使命なの」
 「ネプチューン・・・・・」
 わかって、とそっとネプチューンが手を重ねた。
 ネプチューンに返事をせず、ウラヌスは静かに敵の集団に向かっていった。

 かなりの数がいた敵の最後の一人が倒されるまで、時間はかからなかった。半分以上はウラヌスが一人で倒した。圧倒的な力で敵を倒していくその表情が悲しみに覆われていたことに、プルートたちは気づいていた。
 「それでは、私は先に戻って今回の件をまとめておきます」
 「お願い」
 プルートが自分のテリトリーに戻っていった。残ったネプチューンは死体の転がる地に立つウラヌスの元へ向かった。
 自分が最後に手にかけ、死体となってしまった者の傍らでウラヌスは立ち尽くしていた。
 「・・・終わったわ。戻りましょう、ウラヌス」
 「・・・怪物なら、躊躇わずに殺せる。でも、彼らは僕たちと変わらなかった。どこか遠くの星の戦士だったんだ」
 「そして、私たちの敵だった」
 ネプチューンが続けるとウラヌスが振り返った。
 「どうして平気なんだ?君もプルートも・・・」
 ウラヌスに問われ、ネプチューンはぐっと言葉に詰まった。けして平気なわけではない。骨を砕く感触や吹き出す血の生暖かさには、いつまでたっても慣れることはない。
 「平気なわけじゃない。でもそれが私たちの役割だから」
 「だから殺すのか!?あんなにあっさりと!」
 「私たちの力はクイーンを守るためにあるの」
 「クイーンを守るためならどんな奴だって殺すのか!?交信してからでも遅くはないだろう!?」
 「そうかも知れない。でも、私たちは迅速に処理をしなければいけないの。ミスは許されないのよ」
 反論しようとするウラヌスをネプチューンが、でも、と制した。
 「私はクイーンを守るために戦っているわけではないわ」
 罪を告白するかのように小さく告げたネプチューンをウラヌスは目を見開いて見た。
 「あなたを傷つける者なら、たとえクイーンだろうと私は殺すわ」
 しっかりと目を合わせながら、ネプチューンははっきりと言った。ウラヌスはその視線から逃れることが出来なかった。
 「ネプチューン、それは・・・・・」
 ウラヌスの声が掠れる。続く言葉が出てこない。そんなウラヌスを見て、ネプチューンが表情を緩めた。
 「そうね、許されないことだわ。だから秘密ね」
 微笑むネプチューンに向かってウラヌスは腕を伸ばした。そのまま軽く抱き締めた。
 「・・・僕は・・・」
 「ストップ」
 ウラヌスの体をぐいと離して言葉の続きを飲み込ませた。何を言われるかは大体予想がつく。私たちは月を守らなければならない。力と同時に、孤独を与えてくれた月を。
 私たちはそんな立場の者同士なのだ。だからきっとウラヌスの口から出るのは、私の想いを否定する言葉。そんな言葉ならいらない、聞きたくない。
 「・・・もう一度だけ、抱き締めて」
 ウラヌスの腕を掴んだままネプチューンが言った。ウラヌスは何か言おうと口を開き、結局何も言わずに細い体を抱き締めた。

 どのくらいそうしていたのか分からない程長い時間が過ぎた。ウラヌスの腕の中でネプチューンが身じろぎした。
 「ありがとう・・・」
 「・・・・・」
 ウラヌスは言葉が見つからなかった。自分の腕の中からするりと抜け出したネプチューンを静かに見つめた。
 「もう戻らないと」
 独り言のように呟くネプチューンに、
 「あぁ・・・」
 歯切れの悪い相づちをウラヌスがうつとネプチューンは笑顔を浮かべた。
 名残惜しそうに微笑む碧の髪の少女の瞳にウラヌスは吸い込まれそうになった。

 別れの時がやって来た。外部の戦士は自分たちの管轄の星を長時間離れるわけにはいかない。次に会う日は一体いつになるのだろう。平和になればいつでも会えるようになるのだろう。しかしそれは予想もつかない程先の話だった。
 背中を向けて自分の星に戻ろうとしたネプチューンをウラヌスが引き留めた。
 「?」
 「あ・・・・・」
 不思議そうな目を向けられたウラヌスは戸惑った。
 「いや、あの・・・」
 耳の後ろを掻きながらウラヌスがもごもごと口篭もる。やがて小さく息を吸い、ひたとネプチューンを見つめた。
 「・・・君の星に風を送るよ。君が、淋しくないように」
 今のウラヌスに出来る、最大限の誠意の表れだった。
 「・・・本当?」
 「我が星、天王星に誓って」

 ウラヌスとネプチューンはじゃあ、また、と短く言ってそれぞれの星へ戻って行った。


 ―――ほんの数分のことだったのだろう。
 「海王みちる」の意識がクリアーになった時、はるかは未だ戦士の姿で立ち竦んでいた。
 生乾きの血が付いたままのウラヌスの体を、みちるもまた戦士の姿で抱き締めた。
 (・・・ウラヌス、あなたは相変わらず優しい人ね・・・)
 「ネプチューン、君が汚れるから・・・」
 慌ててネプチューンの体を離そうとしたウラヌスだが、腕に込められた力の強さに気づいて動きを止めた。
 「あなたは、迷わないで」
 「・・・・・」
 ウラヌスの顔に飛んだ血をネプチューンはそっと拭った。


 「帰ってシャワー浴びようか」
 変身を解いたはるかが明るく言った。どこか血生臭さを感じるのか、しきりに手を鼻に持っていく。その様子がおかしくてみちるは笑った。
 「笑うなよな」
 唇を軽く突き出してむくれるはるかにみちるは笑いをこらえながら謝った。
 そして、遠い、過去の記憶の中に出てくるネプチューンを思った。

 あなたは、ウラヌスを生かすためなら自らの死さえ厭わなかったのね。
 ―――私は違うわ。片方しか生き延びれないなら、私ははるかと一緒に死ぬことを選ぶ。
 はるかがいるなら、どこだって天国だわ・・・・・





  
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